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拝復~未知のものと共にむき合うために

(はじめに)

このnoteは、哲学者と一般人である私との往復書簡のようなやりとりを通して、ネット上での「対話」を試みたい&読者の皆様にも「対話」を提案しようというものです。

前回、なぜこうしたことを行おうとしているのかという理由を説明するとともに、対話の相手である哲学者の竹之内裕文先生に呼びかけを行いました。

今回は、先生からの返信を掲載させていただきます。

……が、その前に、私から先生のご紹介をさせていただきます。

竹之内裕文先生は、静岡大学に今春より新設された未来社会デザイン機構を担当され、農学部および創造科学技術大学院でも教鞭を執られる哲学者です。

哲学者と聞かされたら、多くの人は「本ばかり読んでいる」とか「難しいことばかり考えている」などと想像するかもしれません。もちろんそれは否定しませんし実際そうでもあるのですが、世間が思っている哲学者のイメージと彼が大きく違うのは、行動する哲学者である、ということではないかと個人的には思っています。

そのことが端的に表れているのは、市民とともに行う死生学カフェ(死生学対話を実践する会)での実践もその1つではないかと思うのです。また、竹之内先生に指導いただき、私も世話人の一人として関わるカフェあの世この世も東京で継続的に行えるまでになりました。

さらに、彼の本『死とともに生きることを学ぶ−死すべきものたちの哲学』からも、きっと彼の生き方が見えてくるでしょう。哲学者ですから、多くの本に触れているのは当たり前。それを前提に、自ら外に出て行き、そこで出会ったこと、出会った人々、人生の中で起こったこと……それらも血肉となって構築された、彼自身の探究の歩み、哲学が平易な言葉で綴られています。

それは、自分だけの哲学という閉じられた世界ではなく、望めば他者でも容易に触れられる開かれた世界。難解な言葉や表現が並ぶ哲学書とは一線を画しています。↓の写真のように、私も本当にたくさんの付箋を貼らせていただく本になりました。前回、私が上から目線でお願い?した「哲学する」という行為がどういうことなのかが、きっと伝わってくる本ではないかと思います。

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なお、先生に関する詳細はこちらをご確認ください。このサイトには竹之内先生の自己紹介をはじめ、研究内容や業績、行っている活動などすべての情報が網羅されています。

さて、前置きが長すぎましたが、以下より竹之内先生の返信です。また、次回からは、往復書簡の体裁で対話を続けていきます。


●呼びかけをうけて

こんにちは。ご丁寧にありがとうございます。

初めてお会いした時のことは、よく覚えています。新緑の美しい季節でした。あれから4年も経つのですね。

金子稚子さんは、夫の哲雄さんとともに、多くの困難や疑問に直面されました。対話を重ねながら、二人で、一つひとつの課題を乗り越えてこられました。なかには乗り越えられなかった問題もあったでしょう。故人から託された宿題もあったでしょう。稚子さんは、それらの課題を携えて、わざわざ東京から、研究室に訪ねてこられました。

自己紹介も早々に、金子さんは鋭い問いを投げかけてこられました。それも一つや二つではなく、いくつも。こちらの力量を見極めようとするように。かといって、けっして粗暴ではなかった。求道者のような真剣な面持ちから、一つひとつの言葉が丁寧に紡ぎ出された。すべて彼女の具体的な経験に根ざしたものでした。

初対面だし、顔合わせ程度で終わるだろうという予想は、見事に裏切られました。予定していた2時間の枠を超過して、わたしたちは広く、深く対話しました。

その後も金子さんとは、対話する関係が続いています。それは対座して、互いを見つめ合う関係ではなく、むしろ縁側に腰かけて、同じ風景を、すこし異なった角度から眺めるような間柄です。二人の視線は、生きることと死ぬことの諸課題に注がれています。生きるとは出会うこと、死ぬとは別れることだとすれば、そこは出会いと別れの問題領域ともいえるでしょう。

●自己紹介?

 わたしもここで自己紹介すべきでしょうね。しかし自己を紹介するとは、どういうことなのか。数年前、大学へ向かう早朝の路上で、講演の構想を練りながら、はたと思ったのです。いったいなにについて語ったら、自己を紹介したことになるのか。

 これに関して、曹洞宗(禅宗)を創始した道元がこんな言葉を残しています。「仏道を習うとは、自己を習うことだ。自己を習うとは、自己を忘れることだ。自己を忘れるとは、宇宙のあらゆるものによって照らし出されることだ」(『正法眼蔵』より)。

 自分という存在は、宇宙のあらゆるものとの関係のうちにあり、それにより支えられている。これらの関係や支えから切り離して、いくら自分を見つめても、そこには語るべきものがなにも残されていない。およそこんな主旨です。それはこれまでの生の歩みをふり返ったときのわたし自身の実感でもあります。

 3月に屋久島で開かれる予定だったリトリート(中野民夫さん主宰)の宿題のひとつに、「人生の棚卸し曼荼羅」というものがありました(新型コロナウィルスの影響により、リトリートは中止されました)。はじめに自分が死ぬ年齢を設定し、次に、これまでの人生の出来事や出会いを書き込んでいきます。

 半日かけて、じっくり取り組みました。現在の自分が人生のどのあたりにいるのか、残された課題がなんであるのか、かなり明確になりました。わたしのマンダラには、8人の名前が書き込まれています。大切な場所や物事も登場します。わたしの人生は、これらの人、場所、物、事との出会いによって成り立っています。そのうちのひとつでも欠けたら、ずいぶん違う人生になっていたはずです。

 出会いが書き込まれた8名のうち4名については、死別の日付も記入されています。自ら望んだわけではないけど、「死」とともに歩む人生だったと、認識させられます。

 それと同時に、自分はまだ途上にあるのだと感じます。わたしの人生にとって大切なものはなにか。その答えを描き出そうとすると、時節の移ろいとともに、描像はわずかに濃淡や色調を変えます。その一つひとつと丁寧につき合い、それらを関係づけることができたら、そのときわたしは初めて「自己」と出会うのでしょう。

●往復書簡に期待すること

ちょっと驚かされませんか? もっとも身近と思われる自分自身でさえ、未知なのです。目の前の相手は、なおさらそうでしょう。一緒に暮らす家族や長年の親友も、基本的に未知の存在です。人にかぎりません。「生きる」「死ぬ」「愛する」「考える」など、大切な事柄について、わたしたちはよく知りません。たとえば「考えるとはどういうこと?」と問われて、どれほど明確に回答できるでしょうか。わかっているつもりでいたが、いざ問いにきちんと答えようとすると、よくわかっていないことがわかる。

 だれかが正解をもっているなら、その人に尋ねればいい。だけど、たとえば「死ぬ」についてよく知っている人なんて、いるでしょうか。だれも知らないこと、だれもにとって未知のことは、互いに学び合い、共に探究するしかありません。よくわからないから探究する。探究する姿勢があるからこそ、ほかの人の意見に耳を貸す。

 「死」はすべての人にかかわります。だれでもいずれ死にます、またそれ以前に、大切な人との死別を経験するでしょう。だけど「死」について、だれもよく知らない。この二重の意味で、すべての人は「死」に対して平等です。そしてほかの人の経験や学びは、けっして他人事でない。だから「対話」を通して学び合うことができるのです。

 「死」にかぎらず、未知の事柄については、対話を通して探究するほかありません。異なった背景や足場から、共通の課題に対して、一人ひとりが違った角度から光を投げかける。それとともに未知の事柄が立体的に照らし出されるのです。

 どうやらわたしはフライイングしてしまったようです。「未知のものに向き合うためには、何が必要なのか?」という問いかけに対して、「対話」と回答してしまいました。しかし答えは、本当に「対話」なのか。「対話する」とはどういうことなのか。よかったら対話を続けませんか。


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