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10年の時を超えたメッセージ

この春、6年ぶりに実家暮らしをリスタートした。高校卒業以来ほとんど使っていなかった私の部屋は、20代半ばの今使うにはすこし幼かった。
週末になると20代の部屋にすべく私は私の部屋の整理をした。学生時代の寄せ書きや部活のユニフォームなど思い出のものが多く出てくる中、本棚から姜尚中著の「続・悩む力」という本が出てきた。

記憶をたどるとそれは高校時代に課題図書として学校から渡されたものだった。課題図書自体は全部で10冊以上あり、新書や東日本大震災に関連した当時話題になっていた内容が多かったように思う。本は先生たちが担当している学年の生徒たちに選んでいるので、その先生たちの好みが出やすいものだった。当時の私は、部活や勉強に精いっぱいで、「正直なんでこんな本読まなきゃいけないんだろう」と課題図書の存在を疎ましく思っていたし、本の内容が固く感じられ、どうしても興味が湧かなかった。ティーンの私にはその本を読む余裕がなかったのだ。

そこから約10年が経った今、はじめて「続・悩む力」を読んでみたいと思えた。社会人として働き始めてからの私は、会社になじめず体調を崩したり、学生時代の友人と自分との差を感じて惨めな気持ちになったり……。自分の中の「普通」というラインに頑張っても到達できない自分が情けなくて悔しかった。この本には今の私が抱えている「悩み」を解消できるヒントが隠されているのではないか。藁にも縋る思いでページをめくった。

この本は資本主義的な幸福(=成長を求め、死を忌み嫌い、生を謳歌し、資源を使い尽くすこと)の限界が顕在化したいま、悩みぬいた末でなければ見出すことができない「人間の本質」について考えていくものだった。そして本の中で著者が先人たちの遺した本や文章を読み解きながら現代を悩み生き抜くヒントを示してくれている。少し難しいので簡潔に言うと、悩み多き現代を生き抜くヒントを記してくれていた。

本の中でドイツのフランクルが残した「一回性」と「唯一性」ということばが出てくる。「一回性」というのはその人の人生が一回しかないということで、「唯一性」とはその人がこの世にたった一人しかいないということである。人間は誰でも「一回性」と「唯一性」の中で生きていて、だからこそどんな人生のどの誕生と死にも重大な意味があるのだと述べている。

振り返ると、なんと私自身この「唯一性」をないがしろにしていた。学生のころから私の基準は「普通」以上であることだったし、テストの成績も平均より上で維持できるように、大学選ぶのときも世間や両親が知っていて納得できる大学に行きたいと考えていた。そんな風に世間や普通に基準を置いていた私だからこそ、そういう目に見えない基準に翻弄された。そして自分と友人たちと比較して惨めな気持ちになったりしていたのだろう。無意識的にこの資本主義的な幸福に価値を置いて、それを追い求めていたみたいだ。

また、人生とは、「人生のほうから投げかけてくるさまざまな問い」に対して、「私が一つ一つ答えていく」ことだとフランクルは考えていた。未来にはつらいことや予想外な出来事に出会うこともあるだろう。そんな「人生の方から投げかけられる問い」に対して、丁寧に答え続けた人だけが、人生を生き続けることができる……。

私自身これまで大学進学や就職など人生を左右する選択をしてきた。そのたびに悩みながらも何かしらの答えを出していたけど、悩むことに疲れて答えを早まってしまっていたのではないか……。そういう気もしている。悩むという工程をないがしろにすることで、決断に責任が持てない、つまり後悔が生まれてくるのかもしれない。

このフランクルの2つの文章からわたしは一回きりの人生を自分らしく生きること、自分の人生に責任を持つこと、その際にする決断にはしっかり悩みぬいたうえで下すことが必要だなと改めて感じた。悩むという一見ネガティブなことも世の中を生きていくには大切なスキルなのだと気づくこともできた。

課題図書は先生方からのこれから受験を控え、社会へ出ていく私たちへの贈る言葉だったのだと思う。これからの人生、決断に悩むことがたくさんあると思う。でも、悩んでもいいじゃないか。即答できなくとも、悩みながら自分で決断したことなら、きっとそれが自分にとっての正解になるに決まっている! と当時の先生方は言ってくれているような気がしている。

今回読んだ本以外にもまだ読んでいない課題図書がたくさんある。10代の私たちに先生方が何を伝えたかったのか、当時に戻って確かめることはできない。だけど、20代になった今でも読書を通して知ることはできる。私はこれからも引き続き課題図書を読み進めていきたい。それはこれからを生きていく私への糧になるはずだから。


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