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春【短編小説】
4年間過ごした割には少なめの荷物を積んだ車は、国道246号線を川崎方面へと走っていく。
激安レンタカーで借りたハイエースはかなり年期の入ったもので、やたらと大きいエンジン音が車内に響き渡る。
少ないとは言え、後部座席いっぱいに積み上がった荷物の不安定さと、慣れない都内の運転のためか、ハンドルを握る手にはじんわりと汗がにじむ。
助手席と後部座席には引越しを手伝ってくれた大学の友人が二人。
一人はラジオから流れるアイドルの歌を嬉しそうに口ずさみ、もう片方は高く積み上がった荷物とこちらを交互に気にしながら、小さめの声で同じようにアイドルの歌を口ずさんでいる。
週末ともあってなかなかスムーズには進まない。
歩道を歩く人の数も平日と比べるとかなり多く見える。
ゆるく続く上り坂で何度も赤信号につかまり、その度に後ろに詰め込んだ荷物が崩れ落ちてしまわないか気にしながら、ゆっくりと慎重にブレーキを踏み、またゆっくりとアクセルを踏む。
後部座席のわずかな隙間に座る友人が荷物を確認しながら、こっちは俺に任せろと言わんばかりに真っ直ぐ親指を立てて見せる。
信号、踏みこむ右足、渋滞、踏みこむ右足…
何度も繰り返しているうちに、赤信号で止まっているのか渋滞で止まっているのかもわからなくなりそうだ。
普段使わない脛周りの筋肉が張っていくのが触らずともわかる。
視線は上下を繰り返し、その度にカーナビの目的地到着予定時刻が延びていく。
この道で赤信号に止まるのはいったい何度目だろうか
そう思いながらふと歩道の方に目を向ける
「都内の桜が今年も満開の時期を迎えました。」
例年より1週間ほど早く春の訪れを告げる声がラジオから聞こえた。
その声と視線の先に映る光景が合わせ鏡の如くリンクする。
「目黒川かぁ、きれいだなぁ」
「満開じゃん」
「てか人多いな」
「俺思うんだけど、桜ってピンクって言うより白いよな」
「確かに」
「ソメイヨシノって名前の響きからして、色白で可憐でどこかひ弱な女性って感じだよなぁ、俺が守ってあげたいなぁ」
「お前も十分ひ弱だけどな、貧弱ってやつ」
「おい、俺だって結構筋肉あるから、ほら」
「はいはい」
「おいおいケンカするなよー、
そんなことより、今年はどこで花見するかぁ」
「早くしないと散っちゃうよな」
「だな」
「これ終わったら夜桜でも見に行く?」
「いいねぇ桜肴に一杯やりますか」
「何がサカナだよ、すぐ寝るくせによく言うよ」
「またそうやってバカにして、俺だって最近は結構呑めるようになったんですー」
「はいはい」
「信じてないだろそれ!」
「あーもう二人ともわかったから、今日は手伝ってくれたお礼に俺が奢るから、楽しく呑もうぜ楽しくさ」
「その言葉、待ってました!」
「二人揃ってなんだよ、こう言う時だけは気が合うんだな、もしかしてこれを狙ってた?」
「いやいや狙ってませんて、しっかりとお手伝いさせていただきますから、なっ」
「もちろん」
「ったく、ブラック企業ばりにこきつかってやるからな」
「喜んで社畜と化します!」
「言ったな、ちなみにだけど新しい部屋は3階でエレベーターないから、よろしく」
「えっ、聞いてねーぞ」
「俺貧弱だからちょっと…」
「結構筋肉あるんだろ!期待してるよ!優秀な社畜たちよ!あっ、青だ、出まーす」
僕はハンドルを握り
後ろの荷物を気にしながらゆっくりとアクセルを踏んだ。
先ほどとは打って変わって力なく今にも倒れそうな親指がバックミラーごしに映った。
目的地まではあとどれくらいかかるだろう。
満開の桜とは不釣り合いな大きなエンジン音が車内に響き渡った。
渋滞もなく今年も春がかけぬけていく。
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