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【短編小説】和女食堂・しらすネギのせペペロンチーノ

友だちとケンカした。ビーチに遊びに行くのに、わたしがこんなプヨプヨじゃ一緒にいて恥ずかしいって。

164cmで60キロは、そりゃあ彼女と比べればプヨプヨですよ。でも海に行けば、そんなにモデルみたいに痩せてる人ばかりじゃないのに。

あの子はスレンダーなギャル仲間と、お揃いの白い水着のデザイン違いをズラッと着て目立ちたいのよ。去年そうやって、雑誌やテレビに取材してもらったのがよっぽど嬉しかったんだろうね。

そのときのわたしは、今より5キロ痩せていた。かろうじてギャルの仲間入り。今もみんなとは仲がいい。でもビーチに行くには明確な境界線があるみたいなんだよね。

わたしだって元の体型に戻りたいけど、夏はもうほぼ終わってる。もうダメ今年は諦めた。

でも彼氏と外資系シティホテルのプールには行けるよ。キックボクシングで長年鍛えてるゴリゴリにマッチョな彼といると、わたしはまるで可憐な少女みたいに見える。

二人でプールサイドのジャグジーにいると、ほかの人は誰も入ってこない。何か圧を感じるんだろうね。本当はわたしたち、とても優しくてフレンドリーなのに。

今週は彼もわたしも仕事が夏休みで、汐留のコンラッドを二泊三日で予約してた。なのに彼が39度の熱を出してしまってキャンセル。彼は実家暮らしなので看病にも行けない。

「もったいないから友だちと行っておいで」と彼は言うけど、友だちはみんな明日もビーチに行っちゃうんだよ。

急に暇になってしまった。なんにもする気がしなくて、予定もなくて、朝起きたら午後2時だった。それはもう朝ではない。

おなかが空いた。当然ながら、料理する気もしないし、デリバリーはどれも量が多すぎる。

前に行ったことのある、近くのマンションの中にある食堂に行ってみようかな。

【お品書き】 
しらすネギのせそうめん 400円
しらすネギのせペペロンチーノ 220円
冷やしうどんツナマヨネーズ梅干しネギディップ 200円
牛丼 450円
もり蕎麦 200円
おにぎり 10円
おかかおにぎり 20円
しらすネギおにぎり 40円
ネギたまごチャーハン 120円
ケチャップライス 100円
バターオムレツ 80円
たたききゅうり 60円
梅干しと素麺のお吸い物 60円
味噌汁(玉ねぎ、あおさ)60円
ごはん 10円
麦茶 20円
アイスオレンジティー 40円
福砂屋の五三カステラ 300円

「あらお久しぶりー。暑いね。クーラーの効いた部屋が一番いいわ」

「ですね。涼しい〜」

和女さんは相変わらずの迫力ボディーだ。そんなこと関係ないねと言わんばかりに明るくてパワフル。面白い友だちがいっぱいいるらしい。羨ましい。

「しらす美味しそう。しらすネギのせペペロンチーノにしようかな?」

「それオススメ。いしりっていう石川県の魚醤で香り付けしてるのよ。旨みがスゴイ。普通じゃないペペロンチーノ」

「おおっ、じゃあそれをお願いします。アイスオレンジティーも飲みたい!」

「はーいお待ちを」

ニンニクをみじん切りにする音が聞こえてからすぐに、オリーブオイルでじっくりそれを温める匂いがした。いい匂い。今日も明日も誰にも会わないから、ニンニクは大歓迎。

和女さんはネギをたくさん切って、シラスといくつかの調味料とともにどんぶりで混ぜている。ボウルじゃなくてどんぶりなのが普通のお家っぽい。

「お待たせしゃーした。先にペペロンチーノの麺だけ味見してみてね。いしりの味、ストレートに感じてほしいから。そのあとしらすを乗せてください。しらすにもいしりが入っておりますよ」

いしりって知らなかったな。魚醤って、ナンプラーみたいなもののことかな? 

ああ、美味しいこれ。旨みめっちゃある。しらすかける前に全部食べちゃいそう。こんな旨みの濃いペペロンチーノ初めて食べた。

「いしり美味しいよね。このいしり、石川県の能登にある民宿フラットから取り寄せたの。そこの旦那さんはオーストラリア人で、ディナーはイタリアンで朝食は和食を作ってるそうなのよ。両方にこのいしりを使ってるんだって」

へえ、能登ってどこにあるんだっけ。

「このいしりの味、イタリアの魚醤のコラトゥーラにかなり近いの。そりゃイタリアンに合うわ。でも確実に能登の郷土食の味なんだよね。昔、ここの民宿に泊まりに行ったことあるんだ。今のオーナーのお父さんお母さんがやってたとき。そのとき食べた日本一の朝食の味、ズバーンと思い出した」

「行ったことあるんですか?」

「そうー、そのとき大親友だった子と。なんかもう連絡とってないんだけどね」

和女さんでも友だちとうまくいかなくなることあるんだな。

「その子がさあ、理想のわたしに近づけるために親切心で色々ご指導してくれてたのね。でもそれ全部わたしにはできなくて。しょうがないよねー、人間だからねー」

そうだよ。人間なんだもの。友だちが望む通りのわたしでいなくちゃいけないなんてことないわ。

「わたし友だち多いほうだと思うんだけど、なぜかときどき一方的に絶交されるんだよね。まあそんときはそんときだと思って、去る者は追わないの。友だちは自分の写し鏡だから、そのときの自分に相応しい人としか付き合えないよね」

「え、でも仲直りとかしないんですか?」

「うーん、したことないかも。ダメになったらダメなんだよね。絶交だよって言われて離れて、やっぱり仲直りしようと向こうから言ってくるなんて、わたしをコントロールできると思っているということでしょ? そうはいきませんよと。わたしこそがわたしの人生の支配者なんすから」

なるほどなー。わたしは仲直りしたいけど、コントロールはされたくないな。わたしが仲良くしたいと本当に思ったら仲直りしようかな。あ、でもそれって、わたしが相手をコントロールできると思ってるってこと?

「どういうわけか、友だちの穴がぽっかり空くと、もっといい友だちが現れるのよね。すぐってわけにもいかないけど、忘れた頃にね」

「そうなんですね。いい友だちがほしいです!」

「いい子だからできるよー。会ってて具合悪くなったり、我慢して苦しいって感じる相手とはすぐに離れたほうがいいよ。男でも女でもね」

「そうします。なんかスッキリしました」

しらすネギのような爽やかな気持ちになった。もう友だちのことでモヤモヤするのはやめよう。

それより彼が元気になったら、このペペロンチーノを作ってあげたいな。

「いしりっていうの、どこで買えるんですか?」

「民宿フラットのホームページで通販してるよー。すぐ来るよ」

よーっし。ペペロンチーノ、練習しよう。今年の夏のわたし、ちゃんと収穫があった。ただのダメ人間じゃないぞ。わたしこそが、わたしの人生の支配者なんだから。

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