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【短編小説】和女食堂・海鮮塩焼きそば

バンドがやめられない。やめることができたら、どんなに楽になるだろうって思うのにやめられない。

やめられないのか、やめたくないのか、やめさせてもらえないのか。どれもが正解だけど、どれだってブッちぎろうと思えばちぎれるのにね。

高1のとき、別のクラスにナルバリッチのファンの子がいるって聞いて、めちゃめちゃ嬉しかった。すぐに顔を見に行って、声をかけた。

「ナルバリッチのファンの子がいるって聞いて会いにきました! わたしもファンなのー」

「わあヤバイ! マジ好きだからわたしも!」

その日から絵莉はわたしの親友で音楽仲間。で、今はバンド仲間。絵莉がベースでわたしはボーカル。絵莉の中学の時からの音楽仲間が加わって、ギター、ドラム、キーボード、ダンサーもすぐに揃った。

ギターが唯一の男子で、あとは全員女子っていう珍しいメンバー構成。

当時はナルバリが1枚目のCDをリリースしたばかりで、わたしのまわりには聴いてる人が一人もいなかった。

わたしはYouTubeのおすすめで偶然聴いて、衝撃的に好きになった。こんなオシャレな音楽聴いたことないよ! 聴いてる自分までオシャレになった気分になれる。たとえかわいくない制服を着ていてもだよ。

必然的に、ナルバリッチのコピーから始めて、オリジナルの曲もやるようになった。絵莉とわたしはMac Book Airを持っていたから、ガレージバンドで簡単に曲を作れた。歌詞はてきとう。なんかそれっぽい言葉をつないでみたって感じ。それでも結構カタチになる。

楽器の子たちはそれぞれに鬼のように練習をするのが生き甲斐みたいなタイプ。高校生にしては上出来だと自分たちでも思えた。わたしの歌をのぞいては。

そう、わたし歌が上手いわけじゃないんだよ。でも好きで好きでどうしても歌いたいの。

みんな優しいからか、バンドやめたくないからか、ストレートにヘタクソと言われたことはない。けど、「美愛ちゃん、少し歌習いに行ってみたら?」「ねえ練習ってどれくらいしてるの?」「しらスタさんのYouTube見てみたら?」とかいつも言われる。

歌は子どものとき習ってたけどつまらない歌しかやらないからやめちゃったし、家が狭いから練習できないし、しらスタは見てるに決まってんじゃん!

あーあ、もっとわたしにありあまる富があれば、一流の先生に歌を習って、自宅の防音室で思い切り練習をして、おしらさんが審査員の歌のコンテストに出るのになあ。

大学3年生になった今もバンドは続いてる。よく続いたもんだね。そしてわたしの歌は相変わらず。バイト代で月に一度だけ歌を習うようになったけど、なんか全然上手くならないし楽しくない。

社会人になったらこのバンド終わっちゃうのかな。たまにやるライブの強烈な幸せ感を手放す気にはなれない。それにわたしにとって、バンドで歌ってることが最大の心の支えで唯一のプライドなんだもの。

バイトが休みで家でゴロゴロしてたら、会社から帰ってきたお姉ちゃんにごはん誘われた。めんどくさいけど、おごってくれるっていうから行こうかな。ちなみにお姉ちゃんとは仲良し。

【お品書き】 
海鮮塩焼きそば 500円
ハンバーグ 400円
カレーライス 200円
バター醤油ネギ炒めうどん 200円
冷やしたぬき蕎麦 300円
おにぎり 10円
梅おかかおにぎり 80円
かつおぶしチーズおにぎり 50円
ケチャップライス 100円
ミートソース 200円
ウィンナーパクチー炒めそうめん 300円
冷奴 50円
ゆでたまご 50円
たまごサンド 100円
味噌汁(あおさor豆腐)60円
冷緑茶 10円
アイスマンゴーティー 40円
ジャージー牛乳ソフトクリーム 200円

「海鮮塩焼きそば。美味しそう。同じでいい?」

「うん、いいよー」

スマホを見ながら返事した。

お姉ちゃんはここにたまに一人で来てるらしい。お店の人と仲良さそうにしゃべってる。

「美愛、最近どうなん。バンドやってんの?」

「やってるよー。今またオリジナルの音源作ってんだ。わたしが歌詞書いたんだよ。すごくない?」

「聴いてみないとわかんないけど。なんか昨日ガッツリ落ち込んでたっしょ。なんでなん」

「あー、その音源聴いてさ、わたしって歌ヘタだなとまた思って。ちゃんと録音するとますますヘタに聴こえんだよヤバすぎ」

「お姉ちゃんはヘタとは思わないけどね。何を目指してるん? adoちゃん?」

「ひゃー、今すぐadoちゃんに生まれ変わりてえ! そんなんムリ、わかってるよ。でもさー、同情以外で歌上手いねっていつかは言われたいっしょ。そんぐらいかな、目標は」

「みんな同情じゃなくて本当に上手いって言ってくれてると思うよ。素直に受け止めなよ」

「はいー、はいはい」

「お待たせしました! 海鮮塩焼きそばでーす」

「あざす、あざす」

「和女さん、ありがとうございます」

お、パクチー発見! ラッキー。パクチー大好きなんだ。

海鮮うめえ! 柔らかくて味がジュワジュワしてる。ナンプラーと海鮮、最強だな。ちょっとニンニクの香りがする。ダメ押しなぐらい美味しいわ。

「お姉ちゃん美味しい。ありがとう」

「いい顔してるじゃん。その顔で歌いなよ。歌のこと話してるときとか、歌ってるとき、なんか自分に疑いを持つような顔をしてるよね」

「マジ? 全然気がつかなかった。ヤバイ」

「お姉ちゃん星野源のファンなの知ってるっしょ。源さんの歌のへたさには定評があるんよ。でもお姉ちゃんちっともそう思わん。源さんがニコニコして歌ってるの見るだけで幸せだし、源さんの声聴いてるだけで永遠の眠りに就ける。イケメンだからじゃないよ。源さんの存在が好きなんよ」

「ほえー、源クラ乙」

「いやいや、源クラアピールじゃなくてさ。歌ってそんなもんなんじゃないかと思って。歌ってる人が音楽の喜び楽しさ伝えたいって本気で思ってたら、それが伝わるんじゃないかねキミ」

「それが歌下手だと伝わらんし」

「伝わると言うてるんや。試しに信じてみい。ふりでも嬉しそうに歌ってみいよ」

「そんな暗い顔しとるかのう。まあやってみるわ。ありがとなお姉ちゃん」

「パクチーってな、昔どえらい嫌われてたらしいよ。カメムシみたいな味がするとか言われてな。カメムシ食ったことあるやついんのかよと思うけど。でも日本にパクチーの大ブームが起きてから、パクチー好きって言うのがかっこいいみたいになってきたっしょ。美愛の好きなナルバリッチも、全員が全員夢中になるってタイプの音楽とちゃうやろ。だからこそ好きになるってとこあんでしょ。人は誰かの魅力に気づいて肯定する自分を愛する生き物や。美愛の歌も、一人でも二人でも本当にいいと思って聴いてくれてる人が絶対おるよ。一人でも信じることができたら、その先100人も何万人もつながっていくもんなんじゃねえのアンタ」

「どえらい励ますな今日は」

「まあな、彼氏ができたんや。バンドマンや。よろしくな」

「ギャオーン!!」

お姉ちゃんは音楽雑誌の編集者をしてるから、本物のバンドマンに出会う機会もあるじゃろう。でも仕事関係で会った人とは恋愛しないと言ってたくせに。

「世の中何が起きるかわからんもんや。源さんと真逆のLDH系のヤツ好きになってもうた。ちょっとしたきっかけで人は何かを好きになり得るちゅうことや。覚えとき」

そりゃ楽しみだ。お姉ちゃんの彼氏、会ってみたい。プロのバンドマンにわたしの歌を聴いてほしい。上手いなんて言われなくてもいいから、ただ聴いてほしい。そんな人に聴いてもらっただけで、わたしの6年は報われる。

お姉ちゃんの彼氏の名前を聞いてビックリした。あいつかよ。有名人じゃん。聴いてもらうの恥ずかしくなってきた。

でもお姉ちゃんが勝手に聴かせてしまうならしょうがない。うん、しょうがないよね。あとでお姉ちゃんに新しい音源を送っておこうかね。

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