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ある夏の夜道

薄雲に覆われて滲んだ月が宵闇を照らしている。

日中の暑さなどまるでなかったかのように、静寂で満たされた路地は孤独な温度を湛えている。
失った熱など、時など、その狂騒などの隙間に無数となって拡散し、溶け込んで消えてしまいたくなる道すがら、

一匹の鈴虫が鳴き始めた。

名前の通り鈴を鳴らすような甲高い音色が響き、音を生み出す者、聞く者の断絶が自分を我に返らせる。

自覚しようとも、しなくとも順当に流れる時間がいずれ朝を呼び、再び喧騒が始まる。その鈴虫も明日には生きているかどうか。

生きているか、死んでいるか、何をしているか、していないか。他者の中に自分を植え付けることへの執着。自己にも他者にも絡まりあい、日々煩わしく、溜息を催させる。

唯一なのは、日々アメーバのように無意味な方向へ痙攣する心臓の精神的な形状が、静謐な球体になる時間。

明日起こることなど知っている。さいころの出目など知っている。ただ目を向けないようにしているだけ、マクロに没頭する、総じて無意味な。


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眠れない夜に

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