和泉 天ノ光
【一】 会社から自宅へと向かう電車内、スマートフォンを開いて幾つかの溜まったメールに目を通していると、橋本(はしもと)からメッセージが届いていた。 「臨時休業の甲斐あって手に入れることができました。是非ともご覧になっていって下さい。彩織堂店長 橋本」 私は「まさか」と思い何度もこの短い文を読み直したが、書いてある文字は変わりようがなかった。そんなはずはない……。 橋本とは一年程前に飲み屋で知り合った。彼は雑貨屋を経営しており、河童の手やら人魚の骨やら胡散臭いものを収集
コバルト短編賞で「もう一歩」いただきました。やった~ https://cobalt.shueisha.co.jp/write/newface-award/no221/ 人間が読める小説を書けているか時々不安でしたがよかったです。 (普段から読んでくれている方、いいねくださっている方、ありがとうございます。) 明日上げます。多分
私は「椿」と名乗るモダンな少女と知り合いになった。 ある日、四ツ谷にある数百年続くという洋館へと招待された。 入口は和風の作りで、黒く厳めしい檻のような鉄の門の上には大きな一本松が凭れ掛かっていた。私は門を開くときの重さと冷たさ、手のひらに二、三付着した赤茶色の錆を今でも覚えている。 白やピンク色、疎らに咲いた躑躅の丸く丁寧に整えられた数メートルほどの植木通りを進むと、マーブル模様の石畳が洋館への一本道を示していた。その両脇には白いギリシャ様式の柱が等間隔で置かれており、
部屋の照明には全て赤いカバーが被せられており、何もかも異様に見づらく、無言で進んでいく彼についていくのがやっとだった。 リビングに通され、勧められるままにルージュ色のソファに腰かけた。彼は「見せたいものがある」と言い、部屋から出て行った。 このソファは太陽の下では茶色なんだろうか、この丸いテーブルは白っぽいぞと私は緊張感を紛らわすためにこの空間を楽しもうと努力した。 何の変哲もないアパートの一角、晴天にもかかわらず、雨戸を閉め、外の喧騒も届かない。 このアトリ
「サンプルを採取して来いと言ったんだ。使えない部下を殺して来いと言ったんじゃない。」 「大変申し訳ありません。麻酔針の当たりが浅く、運んでいる最中に急に暴れだしまして……」 「言い訳はもういい。それで、結果はどうなんだ?」 「ただいま解析中でございます。おおむね我々の予想通り、あの生き物の持つ特殊な器官を利用して空間転移が可能と思われます。」 「そうか、これでやっと家族の待つ地球へと帰れるわけだ。」 「……、ただ、懸念すべき事項が二つあります」 「言ってみろ」
薄雲に覆われて滲んだ月が宵闇を照らしている。 日中の暑さなどまるでなかったかのように、静寂で満たされた路地は孤独な温度を湛えている。 失った熱など、時など、その狂騒などの隙間に無数となって拡散し、溶け込んで消えてしまいたくなる道すがら、 一匹の鈴虫が鳴き始めた。 名前の通り鈴を鳴らすような甲高い音色が響き、音を生み出す者、聞く者の断絶が自分を我に返らせる。 自覚しようとも、しなくとも順当に流れる時間がいずれ朝を呼び、再び喧騒が始まる。その鈴虫も明日には生きているかどう
③ 目先の空想を彩っていたはずの翡翠や水晶の類は、ほんの数日の間に輝きを失い、ただの石ころ、川辺に打ちひしがれたペットボトルの破片に様変わりしてしまっていました。 私はつくづく、それら偽りの宝石に手を出さずに済んだことに対して安堵しつつも、次は必ず本物を持ち帰りたいと思っているのです。 憂鬱を紛らわす短絡的な享楽は専ら、三千世界、海千山千のうちの0.02%にも満たない閉鎖的理想世界の幾つかの複製されたコーラルです。 連続性を忘れるほどの単調さは、宇宙の広がりのよ
私はいつでも窓から飛び出したい願望を持っていますが、頭から地面に激突したい願望がないために今まで行動には踏み切れないでいます。 眠る前私はいつだって「これから私は繭になり、目覚めと共に蝶になって羽ばたくのだ」と大志を持って眠りにつくのですが、それは必ず叶いません。 繭が不完全だったのでしょう。 夢の間に私の体には穴が開いて体液が漏れ出し、次の日の朝の私はスカスカです。昨夜、大志に燃え、勇敢だった心臓は寝不足の悲鳴を上げ、すべての勝負から降り、太平の海の潮風に吐き
呪いを解いてくれたのはより強力な毒でした。 私の愛の羽ばたきは滑稽だったのでしょうか。繰り返す日々は押しては返す波のようにただただ単調で、無味乾燥で焼けるような放射でした。そんな現実を嘲笑うかのように、ウェーブ越しの他人の現実はさらに膨らみを増してジューシーにさえ見えるので、私は内部からも外部からも責め苦を味わされていたのです。 日々の一部となった暇つぶしに私の姿はありません。それは未だ比喩ですが、いずれは比喩でなくなるだろうと感じています。私は周りから愛されないので
「きみはその、いわゆる『つまらない人間』なんだな。自分の意志が弱い。 進学も就職のときも周りの意見が8割で残りの2割は君の気分で、という感じだろう。そういう奴に限って、その2割が自分では8割くらいの大決断だと思っているのが問題なんだ。」 「随分言ってくれるね。そんなこと言っても仕方ないじゃないか。誰しも不安なんだよ。自分が何の才能もない人間だということに気づかされることがね。 自分の力で選択したものが全くの間違いだった時に、周りに言い訳が立たない。だから自分の選択だ
まず先に体系から始めなくてはならない。 上と下、下は飢え、上は舌を肥やす。 王国を作る際、王がいて民がいる。本来、王が統治し民は生産する。脳と肉体の関係だ。 脳ばっかり大きくても、体ばかり大きくても、うまくいかない。ちょうどいいバランス、脳が大きくなるにつれて、肉体が成長し、その逆も然り。常に互いが成長し続ける関係が理想だ。 ただ、実際のところ、国家と民は一つの体ではない、お互いいつだって逃げ出すことができるし、民は反旗を翻すことだってできる。肉体と比喩した国民にも個々に脳を
どのくらい眠ったのだろうか、目を閉じたまま意識を取り戻した。水の流れる音がする。やはり今までの悪夢は現実の出来事であったと悟り、悟りつつも目を開きたくなかった。屋外の音は聞こえず、朝か夜かもわからない。 長い間体を丸めていたので背骨が痛い。目を閉じながら浴槽から立ち上がって伸びをした、はずなのだが、足がそのまま浴槽を突き破った感覚がした。予想外の感覚に驚いて目を開くと、そこは浴室ではなく周囲果てしない水中であった。 寝ている間に誰かに連れ出されたか、はたまた最初から
今年は頑張ります。。。
三日が経った。男は依然として浴槽の中でくさくさしていた。会社からの連絡は頻繁に来ていたが、一向に出るつもりはなかった。食料は二日目の夜に底を尽いた。男はもう水の張った棺で死を待つだけの存在になっていた。エラによる変化のおかげか、水温の低さは気にならなかった。男は浴室のタイルを眺めながら、過去の出来事を想い返したり、空想したりしてはふと現実に戻り、胸を重くしていた。 インターホンが鳴った。 突然のことに哀れな男は驚き、浴槽から顔を出した。〈誰だか分らないが、概ね会社の
人を殺してしまったかもしれない ふとそう思った。朝食にパンとコーヒーを摂りながら。 母はテレビを見ながらニュースに文句を言っている。殺人事件のニュースが流れた。逮捕された男は二十代の大学生らしい。 「あら、あんたと同い年じゃない。包丁で何度も刺したんだって、あんたは止めてよねそんな事。」 「する訳ないじゃん。」 僕が殺人の罪悪に苛まれていることを母に見透かされはしないだろうか。 記憶を辿ってみる。たしかに僕は人を殺してなんいない。夢の中での出来事だ。ただこの取り返
未だにブラインドタッチをできないという事実が、脳内に生まれては消える数多のアイディアの新鮮さを文字に落とす際に失う事になっている。 文章能力、作文経験の低さ故に、必要性を感じる熱意に対して川端康成『雪国』(新潮文庫)360円の価値と有料note記事の差異が有耶無耶にしている。 noteっていうのは僕が一通り見て感じたあたりではTwitterの長文版みたいなブログ、自由に好き勝手偏った意見とか●●な創作をたくさん書く処なのかな。 っていう印象なので 近頃更新しようと思って