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「どうせ私なんて」という呪縛

田口ランディさんのクリエイティブランディングという講座に参加した事がある。

文章の書き方を教えない文章講座

じゃあ何を教えてくれるのか?

「文章だけじゃなく、クリエイティブに生きる為の直感の磨き方を教えます」

むちゃくちゃ気になる!
貴重な大阪での開催!2日連続夜に開催。
東京は無理だけど、大阪なら娘を実家に預けて参加できるかも!?

「どうせ私なんて」という呪縛



でも、私みたいな文章上手い訳でもない人が参加していいんだろうか?
私なんて、田口ランディさんの講座受ける資格あるんかな?
でも文章だけじゃなく、他の創造にも活かせるって書いてあるし。。

私なんて、私なんて。。。

なんなんだ!?この自ら道を潰そうとする呪縛は!?私なんてって卑下して、自ら不幸になろうとしてる。。

どんどん浮かんでくる否定的な言葉をはねのけ、えいや!と申込みしてみた。

気取ってんじゃないよ!

思い切って参加して良かった!
むちゃくちゃおもしろい貴重な経験でした。

内容は口外しない約束なので、最低限にしか書けませんが、
参加者はほとんどが、文章書くのが好きな素人でほっとした。

1日目、直感力を磨くワークの後で、文章を書く時間が設けられた。

私も意気揚々と書いてみるも
「そんな気取った文章おもしろくないんだよ!」と、
ランディさんにバッサリ、グサリとやられる!

大人になって、あんなバッサリ斬ってもらえる機会ってないよね!w
的を得すぎていて、そこまで言わなくていいじゃん!って悔しくて反発したい気持ちも湧いた。
でも、このカッコつけて自分守ってんのとは是非ともおさらばしたい!

プライドが脱皮を邪魔する

2日目、私は結局ランディさんに指摘された悔しさをまだ完全には乗り越えきれなかった。
もう少し時間があれば消化できたんだろうけど。

少しの反発を抱えたまま参加し、最後にまた文章が書く時間がもうけられた。


その日実家に泊まっていたことも手伝い
幼い時感じた、家の向かいに住むおばあちゃんとの静かな時間を思い出して、それを子どもの目線で素直に書いてみた。

プライドが邪魔して自分の内面をえぐるには辿り着けず、
無難なとこに着地させた。結局私は最後まで自分の皮を脱ぎきれなかった。


そんなもんもんとした私と裏腹に、素直に脱皮できたた方もいた!
自分の本質に迫る生々しい文章で、
1日目より、みなさん俄然おもしろくなった!

文章書くってこういう事なんだ!
掘り下げるべきは自分なんだと、ものすごく勉強になった。

私だって大切にされたかった

その想いが心の奥に引っかかってる人が割といるんだと知った。
母親に大事にされなかったという、些細な出来事からの思い込み。
他の兄妹のが可愛がられてるとか。
それで自己肯定感が低くて悩んでる。

幼心に「母親に大事にされなかった」と感じてしまった体験は
今、自分が母親になった立場で聞くと、胸をえぐられる思いだった。

娘を産んだ時の喜びや、はじめて味わう愛おしいさがフラッシュバックし、その体験を泣きながら聞いた

あなたを大事に思ってなかったんじゃないんだよ!
その時ちょっとあなたに甘えてしまっただけなんだよ!
親も完璧じゃないんだよ
人間なんだよ!

あなたを大切に想う気持ちと、自分が余裕がなく完璧じゃないのは別次元の話なんだよ。
あなたが大切じゃなかったら、苦労して大きくなるまで育てれないよ
ごめんなさい、もう許して水に流して!

涙と共にそんな言葉が溢れてきた。
それは私自身も受け取らなきゃいけない言葉なんだ。

脱皮して赤裸々に語ってくれた方のおかげで、私の心もひと皮剥いてもらえた。ありがとう!

そしてみんなを脱皮させたランディさん、やっぱりすごい!

私も姉のが可愛がられてると思ってた


私も幼い頃そう思って傷ついてた。
こんな風に書けるのは、まぎれもなくあの日の脱皮効果だ。

この話はまた別の機会に掘り下げ書いてみるとして、
大人になって姉と話してみると、
姉は、妹の私のが甘やかされて可愛がられててズルイと思ってたらしく、真逆に捉えててビックリした。

ずっと心に秘めてた重苦しい気持ちが、思い切って打ち明けてみると、そんなもんだったのかと、拍子抜けした。

親になって分かったけど、
兄妹がいたら、どの子かに手を焼く事象があるって、どうしても手のかからない方に甘えてしまう。

そんな日常の些細な出来事の積み重ね、
我慢して「寂しい」と言えなかった本当の心は、ずっと奥に引っかかってしまう事がある。

親って責任重大なんだね。
子どもに対する言動は、気をつけないとと、改めて姿勢を正された。

でも親も人間なんだよ。だから全然完璧じゃないから日々反省!
その分、あなたが無条件に大切なんだよと伝えるしかない。

そして心の奥に埋め込んできた「どうせ私なんて」という呪縛は
自分が作り出してしまった癖として、
出てくるその都度打ち消して、小さくしてくしかないんだよね、きっと。

「私なんて」と、不要なプライドはもう捨てたい。

一気には無理だから、コツコツ手放していこう。

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