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インクのように

『夏至祭』綺羅星波止場 長野まゆみ より

しかし何よりも奇妙だったのは、
かまどの下でちろちろと燃えている青白いほのをだった。
瓦斯(ガス)ではない。
天幕(テント)のまわりには燃料タンクらしきものはひとつも見当たらないし、
ゴムホースもない。
青いほのをはインクのように透明で、
真珠のような光沢もあり、一枚の薄布がゆらめくようにも見える。
何に似ているかと云えば極煌(オオロラ)に最も近いのである。

ー中略ー

「いいかね。三日月麺麭(パン)はこの石のほのをで焼くのが一番美味しいのだということを忘れずにおきたまえ。」



水面に一滴たらしたインクが
揺れて溶けながらその色を広げていく様は
何回でも何時間んでも眺めていられる。

線香の香りたつ煙の揺らぐ様子も
青空をのらりくらりとすべり行く雲の流れも
隣でよりそい寝息をたてる愛猫の寝顔も
風にそよぐ葉枝の揺れる影も

時間を忘れて眺めていられる。

用事や予定に追い立てられることもなく
そんな時間を設けることができている“今”に
ただただ幸せを感じている。

多くはいらないと思う。

身の丈にあった生活、という物の尊さを
最近ひしひしと感じる。

…もう夏が、終わるせいかな。




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