AI化時代の勝者になるには ― 競争の構造の変遷からの考察

第一章:Before IT ― 『競争の戦略』に描かれた工業化の時代

『競争の戦略』(マイケル・ポーター、1985年)で描かれた世界は、Before ITの世界と言っていいだろう。1985年とは、ちょうどマイクロソフトが上場した年だった。そして、プラザ合意が発表された年だった。

当時は電気産業・自動車産業が世界経済における競争の中心であった。長く続いていた日米貿易摩擦も、1970年代は鉄鋼や家電、1980年代前半は自動車がターゲットであったことからよくわかる。

『競争の戦略』では、次の3つの基本戦略が提示された。コストリーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略である。

これらに共通するのは、限界費用と限界利益である。

コストリーダーシップ戦略とは、大量生産によるスケールメリット及び生産技術の蓄積によって、限界費用を極力下げ、かつ大量販売することで利益を確保する戦略である。この戦略を取る企業が行う企業努力とは、「限界費用を限りなく下げる仕組み・知見の集約」と「顧客のジョブを、画一的な製品をもって解決できる市場のニーズをつかむこと」の2点である。同じ課題を持っている人をできるだけ多く見つけ(例:「洗濯することは大変だ」)、その課題を解決できる製品を、できるだけ安く製造するということである。この2点のうち、特に限界費用を下げることで競争優位性を獲得していく戦略であった。

差別化戦略も、基本の競争構造はコストリーダーシップ戦略と同じで、企業努力の対象は上記2点である。ただし、差別化戦略では限界費用を下げることよりも、製品の差別化による顧客価値の最大化の方により注力することで、限界利益の最大化を志向する。「良いものをそこそこのお値段で」の世界である。

上の2つの戦略では、どちらも「同じ課題を持っている人をできるだけ多く見つけること」を戦略の前提としていた。多くの人に受け入れられる製品を作り、より大きな市場のシェアを取ることを志向していた。一方の集中戦略では市場における特定顧客層・特定地域など一部の顧客にのみ受け入れられる製品を作ることを志向する。そのため、売上高では市場のリーダになることは難しいが、顧客のニーズにバラエティーが存在するときは大きな利益を確保することも可能な戦略である。ニッチ市場での戦略と括ることができるだろう。

コストリーダーシップ戦略/差別化戦略のどちらにおいても、競争優位性を獲得するには資本が必要であった。

コストリーダーシップ戦略を取るにしても、最初は限界費用が高いため、製造にはなかなかのコストがかかる。また、限界費用を下げるために工場を建設したり最新の機械を導入したりするにも、まずは大きな初期投資が必要であった。

差別化戦略においては、顧客に認知してもらう価値の創造には多くの資本が必要である。それは実際に優れた製品を開発するために必要な研究資金かもしれないし、顧客に優れていると認知させるために必要なマーケティングの資金かもしれない(例:化粧品)。厖大な資本の投下を経て、ブランド資産を形成していたのである。

生活の変化において工業化は非常に重要であったが、それらの企業は当時の時価総額のTOP群ではなかった。当時の日本の株式市場における時価総額の上位の多くは銀行であり、その次に電気・電話・エネルギー分野の企業であった。どの企業にとっても、工業化を進めるには資本とエネルギーが必要であったからこそ、銀行・インフラ企業の時価総額が大きかったのだ。

時価総額が大きい企業は、その当時隆盛していた産業にとって必須のインフラを提供している企業なのである。

第一章:工業化の時代のまとめ

①「同じ課題を持っている人をできるだけ多く見つけること」が大きな市場を取るための基本

②より安く作り(限界費用を下げ)、より高く売ることが競争で重要だった

③工業化時代の時価総額の上位企業は、銀行・エネルギー・電話といったインフラ企業だった



第二章:Birth of IT ― IT化の時代

1980年代後半~1990年代における日米貿易摩擦の中心は半導体であった。この時代の変化において重要なのは半導体というハードウェアそのものではなく、それを利用して動くソフトウェアによるIT化を実現していったということである。

ソフトウェアの大きな特徴は、一度作ってしまえば(製造の)限界費用がゼロになるということである。例えば今までTシャツを何枚作ってきたとしても次の一枚のTシャツを作る費用はゼロにはならないが、Wordのようなソフトウェアは一度作ってしまえば次の一本を売るために必要な製造の限界費用はゼロになる。

最初に一製品を作るコスト(イニシャルコスト)についても、ソフトウェアを既存の工業製品と比べると遥かに小さい。大きな資本を投下しなくても、場合によっては一個人の時間さえあればプログラムを書き、ソフトウェアを作成することができる。もちろん諸経費はかかるが、工業製品を作るのに比べればはるかに安い。

イニシャルコストと限界費用の大幅な低減が意味するのは、もはやコストリーダーシップ戦略が幅を利かせることができなくなったということである。誰もが(以前に比べて)簡単に製品を製造できる時代になったのだ。

その時代のソフトウェアの二点目の特徴は、「画一化されたジョブの実施において大きな強みがあること」である。一定の入力に対し一定のアウトプットを出すことは人間を凌駕することができるが、様々な入力に対してはうまく機能しない。

これらのソフトウェアの特徴を顧客の方から見ると、IT(ソフトウェア)の導入によって特定の業務(ジョブ)をより効率よく行うことができるようになる。

例えば給与計算はルーチンワークであった。今までは、一人の給与計算を1トランザクションとみなすと、(コスト)=(1トランザクションあたりの限界費用)×(トランザクション数)という構造であった。(1トランザクションあたりの限界費用)は、(一人の給与計算を実施する人の時給)×(それにかけた時間)のことである。

しかし、ソフトウェアを一度導入してしまえば限界費用がほぼゼロであるため、コストは大きく減ることになる。これはソフトウェアを製造する企業から見たとき、((もともとの1トランザクションあたりの限界費用)-(ソフトウェアによる1トランザクションあたりの限界費用))×(トランザクション数)が利益ポテンシャルとなる。

よって、ソフトウェア企業にとっては現在のコストが大きい=1トランザクションあたりの限界費用が大きいorトランザクション数が厖大なジョブ(仕事)を見つけて、ソフトウェアに置き換えていくことが一番の売り上げにつながるということである。

Before IT - 工業化の章では、「同じ課題を持っている人をできるだけ多く見つけること」が戦略の前提であったと述べたが、実はITの時代も同じであった。より大きな市場をターゲットにする原理は変わっていない。IT化で大きく変わったのは、小さい限界費用によって大きなレバレッジを利かせて"特定の"課題を"画一的に"解決できるようになったことである。

もちろん、なんでもかんでもすぐにITに置き換えることができたわけではない。IT化の波は様々な市場に時間差で訪れていった。書類作成・表計算・バックオフィス業務の一部など、個人のタスクが明確なジョブは比較的すぐにソフトウェアに置き換えていくことができたが、宿の予約やニュースの閲覧がオンラインでできるようになるには、インターネットの普及を待たなくてはいけなかった。2020年現在でもITに置き換わっていない市場は存在する。靴や食品はリアルで買う人の方が多いだろう。

IT化の波が訪れた市場では、まずは各企業が白地を取り合う。これは限界費用の低減効果が大きいか、トランザクション数が大きい市場の取り合いである。しかし、トランザクション数が頭打ちになるか、限界利益が薄くなると、限界利益を確保するためにより高く製品を販売する=「課題をよりよく解決すること」が競争のメインとなる。つまり、製品の差別化競争が始まるということである。

そして、その差別化競争によって蓄積されたブランドや製品価値が参入障壁になる。今の時代、書類作成ソフトは個人でも作成することができるが、誰もが使う書類作成ソフトを作ることは容易ではないだろう。それはすでに市場に存在するプロダクトに対し、差別化することが難しいからである。

工業化の時代において時価総額のTOPが銀行・インフラ企業であったように、IT化の時代においての時価総額の上位はプラットフォーマーだった。※ただし、世界で見れば工業化も同時並行であったためエネルギーなどのインフラ企業も世界の時価総額の上位にいる。

実際に、1990年代~2000年代の世界の時価総額の上位には、プラットフォーマーであるマイクロソフト・インテル・IBMが出現した。これらはソフトウェア動くハードウェアを作っていた企業である。2000年代後半で上位に出現した企業だが、アップルも同様にハードウェアを製造している企業である。ソフトウェアによるIT化が世界の生活や仕事を変えていったとき、ソフトウェアにとってのインフラはハードウェアであり、そのハードウェアを製造する企業が世界の時価総額の上位であったのだ。

第二章:IT化の時代のまとめ

①「同じ課題を持っている人をできるだけ多く見つけること」が大きな市場を取るための基本であることは、IT化の時代も変わらない

大きなレバレッジを利かせて"画一的に"解決できる"特定の"課題を発見し、よりよく課題を解決できることが競争で重要だった

③IT化時代の時価総額の上位企業は、ハードウェアを製造するプラットフォーマーだった



第三章:Cognification ― AIの時代

2012年、「Googleの猫」が誕生した。コンピューターが猫を「認識」したのである。

我々にとってのこれまでのコンピューターは、ソフトウェアのように「一定のインプットを受け付け、一定のアウトプットを吐き出すプログラム」であった。コンピューターが処理できるようにフォーマットを整えてインプットし、得たい結果を得るのである。コンピュータープログラムというのはあくまで人間が実施したい画一的なジョブ(宿を見つけたい、給与計算をしたい..)を処理するツールであった。コンピューターが何かを「理解・認識」することなどなかったのである。

Deep Learningと呼ばれる技術によって、幾分かのデータが存在すればコンピュータープログラムはあたかも理解・認識しているようにふるまうことができるようになった。猫の画像にはバラエティーがあるが、そのような多様ななインプットに対し「これは猫だ」とアウトプットすることができるようになったのである。

今までの我々は、コンピュータープログラムのことを「頭でっかちで、画一的にできることだけしかできない」と認識し、それ以外の多くの「よしなに判断すること」は人間の仕事だとみなしていたが、その「よしなに判断すること」もコンピュータープログラムができるようになってきた時代になったのである。それができるコンピュータープログラムを、我々はAIと呼んだ。

つまり、ソフトウェアの時代は画一的に解決できる顧客の"特定の"課題(ジョブ)のみコンピュータープログラムで解決できていたが、AIの時代は"普遍的な"顧客の課題(ジョブ)をコンピュータープログラムで解決できるようになるのである。

これは、ITにおける競争の市場が拡張されたことを意味する。

前述したとおり、今までは画一的に解決できる顧客の特定の課題(ジョブ)を見つけることが重要であった。

先ほど、ソフトウェアの時代におけるソフトウェア企業の利益ポテンシャルとして、((もともとの1トランザクションあたりの限界費用)-(ソフトウェアによる1トランザクションあたりの限界費用))×(トランザクション数)という式を提示した。

競争が激化し市場が成熟化するにつれて、トランザクション数は頭打ちになり、限界利益((もともとの1トランザクションあたりの限界費用)-(ソフトウェアによる1トランザクションあたりの限界費用))も薄くなっていった。それによって各企業の差別化戦略が進み、さらにはトランザクション数が少ない市場での集中戦略を取る企業も現れた。マス向け製品では対応できない顧客の課題(ジョブ)について、個別のコンピュータープログラムを用意して高く販売することで利益を上げるのである。

しかし、AIによってたった一つのコンピュータープログラムで(プロダクト)で、より普遍的な課題(ジョブ・ニーズ)に対応することができるようになったのである。複数に分割されていた市場・セグメントが統一されて一つのプログラムで対応できるようになったことで、小さい限界費用で獲得できるトランザクション数の上限は拡張され、再び白地を取り合う競争へと進んでいるのである。

「より普遍的なジョブ」とは何か。

例えば「ガパオライスを食べたい」という特定のジョブに対して、「ガパオライス レシピ」と調べれば回答をくれるプロダクト(コンピュータープログラム)はすでに存在する。しかし、「冷蔵庫にある食材で美味しい料理が食べたい」というジョブに答えてくれるプログラムは存在しない。冷蔵庫にある食材の組み合わせは多様であり、かつその人が好む料理もまた多様である。そのような多様なインプットを考慮してレシピを提案することは今までは人間にしかできなかったことだ。それがAIによって可能になっていく。

これは、AIの時代には今までの集中戦略が場合によっては機能しなくなる可能性を示している。

例えば、日本では電車の乗り換え専用のソフトウェアがかつてよく売れていた。これは「あるところから目的地まで移動したい」という普遍的なジョブのうち、「電車での移動を最適化したい」というジョブに対して、価値を磨きこんだ集中戦略であるといえる。

しかし、Google Mapによって「あるところから目的地まで移動したい」という普遍的なジョブに対し一つのコンピュータープログラムで答えることができるようになった。その時、「電車での移動を最適化したい」というジョブに対してより価値を磨きこもうとしてももはやそれほど売れないだろう。普遍的なジョブの方が多くの顧客のジョブを解決するからだ。「電車」「バス」「飛行機」といった複数に分割されていた市場・セグメントが統一され、より普遍的なジョブを一つのプログラムで解決できるようになった事例と言えるだろう。

少し先の未来では、「移動したい」というジョブすら特定のジョブとしてみなされる可能性がある。今のAlexaやSiriが進化すると、あらゆる「○○したい」というジョブに一つのコンピュータープログラムでこたえられるようになるかもしれない。

これらの普遍的なジョブを解決するコンピュータープログラムは、非常に小さな限界費用で大きなトランザクション数を取ることができる一方、開発にはより大きなイニシャルコスト(金融資本・人的資本・データなど)を要する。これが大きな参入障壁となる。

これまでの工業化・IT化の時代においては、人々の生活や仕事を変えてきた企業と時価総額の上位企業は異なっていた。インフラ・プラットフォーマーがもうかっていたのである。

しかし、AIの時代ではGAFAMといったプラットフォーマーが時価総額の上位を占め、彼らが人々の生活や仕事を変えていくのが大きな違いである。実際に、GAFAMのプロダクトが現時点でより普遍的なジョブにこたえるプロダクトだといえるだろう。

では、どのように新興企業は食い込んでいけばいいのか。

普遍性では勝てないため、新興企業は特定のジョブにおいてGAFAMに負けない価値を磨きこんだプラットフォーマーとして勝つ必要がある。まずは特定のジョブに対してアプリケーションではなくプラットフォーマーとして勝つために、プロダクト価値を磨きこみ、プラットフォーマーとして勝つための大きな資本を獲得し、彼らにないデータを蓄積する。

これを実現する競争の戦略が、ネットワーク効果である。工業化時代のコストリーダーシップ戦略では先行者となることで限界費用を下げて参入障壁を築いていったが、AI化時代では先行者としてネットワーク効果を生み出して参入障壁を築き、限界利益を上げていくことができる。

そして、特定のジョブのプラットフォーマーとして勝利を収めた次に、より普遍的なジョブの解決に挑戦することが、AI化時代の勝者となる道筋である。

第三章:AI化時代のまとめ

①より"普遍的に"解決できる"多様な"課題を発見し、プラットフォーマーとして課題の解決価値をあげることで、限界利益とトランザクション数を増大させることが競争で重要になる

②大きなイニシャルコストを割いてプロダクトの価値を上げなければ、世界で勝ち抜くプラットフォーマーとしての参入障壁は築けない

③AI化時代の時価総額の上位企業はプラットフォーマーであり続ける



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※本エントリは今後の競争の構造を考えるための私の思索の言語化したものであり、厳密なファクトに基づく考察ではありません。突っこみどころは多いと思いますが、ご容赦ください。

思索の参考になった図書

限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭 ジェレミー・リフキン https://www.amazon.co.jp/dp/B0178FVSWS/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_UBomFbTNWMNGZ

テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか? ケヴィン・ケリー https://www.amazon.co.jp/dp/B07BPZFW7R/ref=cm_sw_r_tw_dp_x_xComFbJSM6CBM









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