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「苦手」にフォーカスせず「得意」を伸ばす方が幸せなのは、人もカメラも一緒

人にはやはり「得手不得手」というものがあります。

実際には大抵のスペックが高めのベースラインに収まり、直感的になんでも器用にこなす人は居ます。が、ひとまずそう云う話は置いておきます。

今の社会においては特定の能力が高いことが、総じて学校でもその後の就労においても(属する場で要求は変わっても)良しとされています。ワタシは仕事柄、それら型の中で窮屈に、そしてもっと深刻に生き辛い難いと感じているような人とたくさん関わってきました。

このような経験を積むと、重視される能力の高さで人生が決まってしまうイメージを植え付けてしまいそうです。そして他者からも人としての価値と能力を取り違えられ、優劣をつけられかねません。

(冒頭と反対のことを言っているようですが)これまでは生まれ育ったコミュニティの中で価値観なり生き方なりを疑うことなく受け入れていた人たち。他の選択肢を持ち得なかった人たち。あらゆることが一瞬で共有され、違う選択に気付くようになるまで、長い間このような時代が続きました。
今は、何をよすがにすれば良いのか、生き方に正解を求めずにはいられなくなっているのかもしれません。そのような関心が商業目的の「あなたのタイプ診断」的なものを沢山生み出しているのでしょう。しかし、人によってはその判定に不安を覚えた挙句、その足りない何かを必死に埋めようとする破目になります。

色々と物事に余白を残す余裕が無くなってきているのでしょうか。どんどん中庸が無くなってきているような気がします。 
昔の社会でなら、ちょっと変わっているけど働き者、とか偏屈で頑固だけど腕のいい職人さん、なんかが沢山活躍していたと思うのですが。今なら疾患とされる人の中には畏敬の対象になるような人もいたのでしょう。

まぁ、つまり

「人それぞれの持ち味を活かせれば佳い」

って云ふことです。

こんなこと書いてて何ですが、私の周りは毎日「個性と個性のぶつかり合い」で「てんやわんや」ですがね…www。


と、ここでカメラの話題に戻りますが、先日新しいコンデジを入手しました。

そこで、この「RICOHのGX200」で撮っていて気付いたことを書いてみようと思います。

①まずは、取り回しの良さ。
いつでもどこでも、ポケットにポーチに突っ込んで外に出る習慣がつきました。(流石に夏場ズボンに直接入れたら汗で蒸れて、塩が浮くのでしません。その点、他の方のnoteにOLYMPUSのTGシリーズを推す記事が(一つ完全防水が欲しい)あって検討しています。他にも有難いことにワタシの駄文ついてコメントでOLYMPUSのxz10を勧めてくださった方がいらっしゃいました。これもxz‐2よりコンパクトでレンズが良さそう。調べると全部欲しくなるので散財しそうです…。)

②そして、描写の良さ。
オールドコンデジではありますが、低ISO感度では十分きれいな写り具合です。まぁ、ワタシの目が肥えていないので、画質に対してや審美眼的な閾値がめっちゃ高いだけなのかもしれませんがね。何食べても「美味しいやん!」って言うような。それはそれで人生お得です。

③普段使いならJPEGで十分満足できる。
ワタシは「撮って出し」とか「トリミングしない」とか全然拘らない。と云ふかむしろバンバンする方です。現像前提にRAWで撮りますし、後から割とトリミングをします。後からの仕上げも込みで写真と思っていて、デジタルの恩恵を素直に享受しています。このあたりは色々な考えがあると思うので「余白を残して」おきますね。
ワタシもフィルムカメラや暗室での現像というのも面白そうだなと思いますし、沢山ある選択の一つです。ただ今は潔く言うと、自分の中での優先順位では、金銭的にも時間的にも無理だと思います。
そんなことを前提としてこのカメラのJPEG好いなと思いました。むしろ、現像ソフトとの相性なのか、「日中」ならRAWよりこのままの方が良いやん。が素直な感想です。

④どうしても暗所は綺麗に撮れない。
ちょっとでもISO感度が上がるとメチャクチャノイズがのります。違いが分からない男でも「あぁ、これは…。」ってなりました。
でも、それってどうしてもこのカメラで撮らなければならない訳ではないんですよね。一台しか持ち合わせていないカメラで撮りたいものが上手く撮れないと悔しい思いはしますが。(たしかに最初は全部こなせる小さい小さいカメラが欲しかった)それでもそこは得意なカメラが担えば良いわけです。

この間、近所を散策した時の写真を交えてお伝えします。

民家の軒先


蔵の壁

ここは近畿圏でも有名な寺内町の一つです。フォトジェニックな場所が近くにあるのは幸運です。
GX200はRAWのみ保存のモードは無いようで、JPEGと組みになります。最高画質(4,000×3,000)で設定していましたが、現像で調整するより自分の力量では素直にこのままが好いと感じたのでSNSでもこちらでアップします。木材や壁の質感。光の感じもワタシとしては満足です。

青銅の雨樋と空


瓦屋根と青空

日中は本当に良い描写をしてくれます。
性能については詳しく伝える言葉を持ち合わせていませんので、他の紙面にお願いしようと思います。

続いてモノクロームです。
JPEGの設定がカラーでしたので、現像にて色彩だけを落としたものですが、好い感じです。(ボキャブラリーよ…。)

空き地の板塀

上と同じ日に撮影したものです。モノクロームにしても質感が良く伝わってきます。
続いて、別日に他市を散策しての写真になります。

南海電鉄の高架下
お昼前の工場

白飛びが目に付きますが、これはワタシのせいですね。スナップシューターとしては十分ではないでしょうか。

夜間に撮影したものをRAWから現像してみました。

天王寺のある祠
天王寺のある歩道

強めの光源は落としています。葉の描写は御覧の通りですね。感度は上限を800にセーブしています。もう一つ落とすとそもそも撮れないシーンが多いと思います。これはこれで夜間撮影でも使い道はあると思いますが、敢えて主戦場にはしないと思います。まぁ、味わいはあると申しましょうか。
昼間は特に目的が無いときも連れ出しています。自分にとっては望むものが得られますから。

と、まぁめでたくワタシのお気に入りの一台となったGX200でした。

余談ですが、ワタシも最初のミラーレス一眼を選ぶときにセンサーサイズには結構拘りました。(そんなに解って無いのにね…。)
でも無理して高級機を買って、レンズにお金が回せなかったり、他のことに制約が出たりするのは、やりたいことの本質から離れていくような気がして、マイクロフォーサーズのリユース品を手に入れました。そして、今の使い方なら十分応えてくれる、そのミラーレスを大層気に入っています。

それに蓋を開ければ、今はそんなに夜間撮らないんですよね。「夜の伊丹空港」とか通うようになったらフルサイズの凄く賢いAFのカメラが欲しくなるかもしれませんが。しばらく仕事帰りの撮影はXZ-2に頑張ってもらいます。

出来ること出来ないことを客観的に理解したうえで物事を判断していくというのは重要なことです。
でも苦手なことに注目し過ぎて、本人も周囲もどうにかして対応を、対策をと躍起になることで好転することはあまりありません。むしろ触れない方が良いタイミングもあります。
ムチャクチャしんどいケド何とかなる。みたいなそこにエネルギーを振り分けることが果たしてウェルビーイングなのかって云ふことです。好きな事、自分が得意と思える事に向き合えることも立派なよすがですし、これは別に甘えではないと思います。
(理想論と取られるかもしれないし、それぞれの業種における職業観に当てはめると異論の出ることは承知で書いています。)

なので、「不得意なものがあっても、それで存在すべてが意味のないものにはならない。」ということを広い意味で再考する機会の一つとなれば幸いです。

では、皆さんもどうぞ素敵な写真ライフを。

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