小説 『天の声』(作:むしぱん)
私の声が、聴こえる?
……そうか、やっと。今までもずっと話しかけていたというのに、君からは何の反応もなかった。
何? 声が聞こえてもなお私が誰か分からない? 冗談はやめなさい。私だよ、わたし。からかっているのか? ああもう、やっと言葉が通じたのだから、こんな悠長なことをしている場合ではないのに。
……まさか。本当に覚えていない?
……私が誰なのかも?
……君が今、何のために生きているのかも?
そんなことはあってはならない。これじゃ何のために私は__。
君は絶対に思い出さなければならない。今、君がそこにいる意味を。
思い出して。
思い出して。次会うときに、と思い続けて結局伝えられなかったあの言葉。
思い出して。やればできると分かっていたはずなのに、手を抜いたテスト。
思い出して。勢いでつい出てしまった言葉で傷付けた大事な人。
思い出して。毎日先延ばしにして結局続かなかった、やりたかったこと。
思い出して。意地を張って素直に向き合えなかった家族。
「あの時、ああしていれば」「自分が気付けていたら」「もう少し頑張れば」
君の頭の中には、浮かんでいるはず。数えきれないほどの後悔が。
私には、分かる。誰にも言わなくても、ずっと君の頭の中にこびりついている、昇華されない執念。もう取返しが付かない。今更思い出しても、どうあがいても、どうしようもない。そう分かっていても、君は忘れることができない。
__どうして人間は、嬉しかったことはすぐに忘れてしまうのに、悲しかったことはずっと頭に残っているのだと思う?
それは、こうやって次なる「私」に託すため。
そろそろ、思い出した? もう、気が付いたでしょ?
__私は、君だ。
__君は、私だ。
君は今、私の人生をやり直しているんだよ。
私がやり残したこと、後悔していること、やりたかったこと。
君に託した、全部代わりに。これから、君がやるんだ。
私は、君だ。
……君はすっかり使命を忘れていたようだし、最近も適当に過ごしているようだね。
そんなことをしていていいのか? 二度はやり直せない。最後のチャンスなのに。頼むから、同じ後悔を繰り返さないでほしい。あの時の後悔を、今ならまだ変えられる。
頼んだよ、私。
この先、道に迷ったときは自分が、後悔したかもしれない未来を想像して。それは紛れもない私の後悔の、失敗の、記憶。次こそ失敗しない選択を、君ならできる。
さあ、私の、君の人生はいくらでも変えられる。まだまだこれからだ。