見出し画像

小説 『極楽地獄、どちらも彼岸』(作:こね)

テーマ「彼岸花」×ジャンル「ファンタジー」


 ぱ、と手のひらに咲かせて、ため息をついた。

「またかー……」

 薬学科に通う生徒の必須技能として、魔法で生薬のための花を産出するというものがある。材料と道具を魔法で調達できるようになることで、災害等の緊急時に少しでも多くの人を救命するのが目的だ。薬のみならず食糧としても使われる曼珠沙華は使用頻度が高く、必ず手元にすぐ引き出せないといけない花の一つだった。

 手に乗った真っ赤な花を見る。火花のような花弁にすっと伸びた葉のない茎、二回りも小さな鱗茎。また地獄花だ。曼珠沙華によく似た、けれど明らかに違う毒草ばかり手中に現れる。

「あーあ」
 
 不吉な花を毒草用のゴミ箱にポイと捨てて体を背もたれに投げた。ギィと軋む。明日は実技試験だから、必ず今日中に生成できるようになりたかった。擦り切れるまで教科書を読んでも、結局手に乗るのは地獄花ばかりでため息をつく。でも単位は欲しいから、体を起こして教科書をめくった。黄色のマーカーで引いた文を読み上げる。

「……別世界線である『里山』から転移魔法を使い手元に出現させる。『里山』には人間にとって有益となる、またはそのように品種改良された植物のみが生息している。以下、その例を示す……」

 写真が並ぶページを目で追いかける。天が釈尊を供養するため降らせた花は、鱗茎を切られて定規の横で倒れている。地獄花より二回りも大きな鱗茎の調理法のページを見ながら、曼珠沙華以外を求めて魔法を使う。ぱ、と手に鈴蘭が咲いた。指先を撫でた大きな葉に些細な違和感を感じて、眼を凝らす。品種改良の済んでいない鈴蘭は強い毒性を持つため、『里山』で発芽した日付の印字が義務付けられている。
 
 今日より少し未来の日付だった。
 
 瞬く。手を洗って目薬をさし、もう一度鈴蘭を手に取る。書かれた数字は変わらない。もう一輪出現させて、見比べる。どちらも未来の日付を指している。ハシリドコロやトリカブト、ドクゼリなんかを手中に出して印字された日付を確認する。やっぱり未来の日付ばかりだ。
 
 今まで資格を持っていなかったから出せなかった。先日やっと合格通知と証明書が届いて、あとは単位取得のためのテストだけだった。だから今まで気がつかなかった。未来の植物を、私は魔法で出現させていた。
 
 色んなことが腑に落ちて、もうどうしようもないんだと分かってしまっ
て、毒草用のゴミ箱に出現させた花を放り込む。きゅ、とビニールの口を縛って指定の焼却炉に転送した。地獄花をよく捨てていたから、この手順は慣れたものだ。

 教科書の中の曼珠沙華が、人間をじっと見つめている。