海外子女の学習塾が受講NFTを始めた理由、DAOコミュニティで感じた子ども達の変化(NFTコラム)
香港で誕生した海外子女専門の学習塾「epis Education Centre(エピス・エデュケーション・センター)」(運営はTBX Company Limited、以下、エピス)は2023年夏、Web3技術を活用した子ども向け学習プロジェクト「Learning Ecosystem(ラーニングエコシステム)」の実証実験を行いました。内容は、中国・深センの教室にて夏期講習またはSTEAM学習を受講した中学生20人に学びの修了NFT(受講NFT)を付与するとともに、香港(香港・ホンハム)と中国(深セン・蘇州)の4教室の垣根を越えたDAOコミュニティ内でDiscordを通じて生徒同士がコミュニケーションをとり、トークン「episコイン」を活用するというものでした。
学習塾がWeb3技術でどんなことを構想しているのか、エピスの山家創(やまや・はじめ)さんと、同プロジェクトのアドバイザーを務めた合同会社暗号屋の舘龍太(たて・りゅうた)業務執行役員に話を聞きました。
海外に住む生徒自身が学びのポートフォリオを作成する
――まず、なぜ学習塾でWeb3技術を用いた実証実験を始めようと思ったのでしょうか。
山家:先にエピスについて話をすると、香港や中国、オーストラリア、インド、ドイツなど世界で展開している学習塾で、2023年10月現在は就学前のお子さんから高校生までの約600人、特に多いのは中学校・高校受験を控えた生徒です。国語や算数など各教科だけではなくSTEAM教育のような総合的な学習にも力を入れていますが、特に日本を離れて学ぶ生徒の場合、どの国が自分の多様な学びや経験を評価するのかという問題があります。教育者の一人として、エピスで学んだことや価値を可視化し、生徒自身が管理できる状況にしてあげたいという思いがありました。何か手段がないかと考えながらいくつかのWeb3関連のコミュニティに参加し、暗号屋のワークショップでブロックチェーン技術を使ったNFT証明書の存在を知り、すぐに暗号屋にコンタクトをとったのが2022年秋ごろでした。
――日本国内では2022年3月には株式会社バンタンがNFT化された卒業証書を、同年8月には千葉工業大学がNFTによる学修歴証明をそれぞれ発行したことが話題になっていましたが、実際にエピスで実証実験をしたいと話した際、先生たちの反応はどうでしたか。
山家:先生たちはWeb3について全く知見がありませんでしたし、証明書は紙しかないと思っていたぐらいです。先生は教科を教えることが専門ですし、皆さん忙しいので、言ってみれば余計なことはしたくない。当然、疑問の声はありました。極論を言うと、Web3技術はあくまでも手段ですし、生徒にはNFTを受け取る、DAOでコミュニケーションをとるといった体験が大事だと思い、それがどのような技術なのかを必ずしも理解させる必要はないと考えました。ただ先生たちには生徒をサポートするためにも、暗号屋主催のワークショップを通じて知識を深めていただくようにお願いしました。
舘:このプロジェクト自体は2023年4月に正式に動き出し、数カ月後に実証実験というかなり短いスパンで様々なことが動きました。もちろん学習塾ですから、ITに詳しい人はいません。そんな人たちにいきなり「ウォレットを作りましょう」「スマートコントラクトをディプロイしてNFTをミントしましょう」などと言っても通じるわけがありません。生身の現場にどうやってWeb3技術をもたらすのか、我々も開発会社として時間をかけたところです。また、学習塾では先生が伴走しながら生徒の勉強をサポートし、受験の合格・不合格という形で生徒の学習の成果が認定されることが一般的です。もし、テストや受験では見えない価値を認定してあげることができるなら、生徒と先生の関係や、学習塾の存在意義が変わってくると思いました。山家さんとの会話の中でWeb3技術を通して挑戦していこうという思いが伝わりましたし、そうした思いも先生たちに伝えていけたらと考えながらワークショップを開いていました。
エピスが数カ月で開発・実証実験ができた理由
――開発自体はどう進めたのでしょうか。
舘:このプロジェクトにおいて暗号屋はシステムそのものを開発・構築するのではなく、アドバイザーとして既存のサービスを活用する方法をエピスにサポートしました。スマートコントラクトを実装したり、NFTを発行したりという実務は山家さんご自身がされたということもあり、開発費は相場よりもかなり抑えられています。また、Web3関連のプロジェクトではどうやってマネタイズするのかという議論に時間がかかり、プロジェクトがとん挫するというのはよくある話です。ですがエピスではプロジェクト目的がはっきりしており、マネタイズは二の次だというスタンスだったことも、数カ月後に実証実験というようなスピード感をもって開発を進められた理由の一つでした。
――Learning Ecosystemで用いられている技術について教えてください。
舘:ガス代が安くて安定しているという理由からPolygon(ポリゴン)のブロックチェーンを採用しています。受講NFTは譲渡できないように個人IDに紐づいたSBTがいいだろうと提案をしました。NFTを保管するにはウォレットが必要です。認証インフラストラクチャーのWeb3Auth(ウェブスリーオース)に対応しており日本語でのサポートもあるUPBOND Wallet(アップボンドウォレット)を推奨しましたが、ウォレットにはMetaMask(メタマスク)やTrust Wallet(トラストウォレット)など様々な種類があるため、好きなものを使ってほしいということも付け加えています。各種ツールは暗号屋のリソースを使わず、BaaS(Blockchain as a Service、バース)のthirdweb(サードウェブ)というブロックチェーン開発をサポートするクラウド上のサービスを用いて山家さんが構築し、暗号屋はそのアドバイスをしました。thirdwebではNFT発行の機能を構築しています。また、ウォレットを接続して自分のポートフォリオを簡単に管理できるアプリケーションと連携し、生徒たちの学習ポートフォリオを見やすくすることにも挑戦しました。更に、Unyte(ユナイト)というDAOツールを活用し、Discord上でepisコインを発行できるシステムを作りました。それらのツールを連携させてLearning Ecosystemを構築しました。山家さんもかなり勉強をされたからこそ、ご自身でできたことだと思います。
――その中で、実際に生徒自身が体験したことはどの部分でしょうか。
山家:今回の実証実験では、中学生20人がウォレットを作って受講NFTを受け取り、Discordを通じてお互いの教室で学んだことや住んでいる地域で見たり聞いたりする経験を共有し、コミュニティ内でepisコインを受け取って使用するところまでです。ウォレットはLearning Ecosystemで用意したカリキュラムを視聴しながら生徒が作成しました。episコインは挨拶をしたり、毎日コツコツ勉強をしたり、仲間の質問に答えてあげたりなど、誰でも努力すれば達成できるタスクをこなすだけです。episコインをどう使うかは生徒自身に委ねました。
NFTは自分の経験を証明するだけではない
――受講NFTを受け取った生徒の反応はどうでしたか。
山家:まず、NFTがもらえたことがすごくうれしかったようです。自分のスマートフォンにキラキラしたかっこいいものが贈られたという喜びです。次に、こうした証明書を自分で持ち歩けることがうれしかったようです。生徒自身は自分の意志で海外に来たわけではなく、今後も日本ではない地に行く可能性があります。そのため、これまでは海外での学びや経験の履歴をその場その場で証明することが困難でしたが、このNFTがあれば海外での学びや経験の履歴を自分で持ち歩けるわけです。それが生徒たちには余計にうれしかったようです。
――Learning Ecosystemの取り組みの中で生徒の変化を感じることはありましたか。
山家:episコインの話で言うと、episコインは生徒間で受け渡しができるほか、文房具やお菓子などが当たるルーレットに参加することもできました。当初はみんな、episコインを手にするとすぐにルーレットに使っていましたが、次第に「5,000コイン貯めます」などと言い始める生徒も出始めました。目の前の楽しいことだけではなく、そのコミュニティ内の共有価値として保管するという選択肢が出てきたことは私にとっても驚きでした。
――今回のLearning Ecosystemは実証実験という立ち位置でしたが、エピスでは今後、Web3に関してどんなことをしていきたいと考えていますか。
山家:実証実験は主に深セン教室で行いましたが、2023年10月から香港(香港、ホンハム)の教室でも取り組みを始めています。実際、実証実験をきっかけにエピスを知っていただき、入会された生徒もいます。また、日本国内のインターナショナルスクールや自治体、企業、教育団体などからコラボレーションをしたいという問い合わせも受けています。このLearning Ecosystemを形にするために蓄えてきた知見を活かし、コンサルティングなどの業務提携ができるなら、一つのマネタイズポイントにもなるだろうと考えています。
――Learning Ecosystemを経験した生徒に今後、どんなことを期待していますか。
山家:世界のどこにいたとしてもNFTで生徒たちの経験が可視化され、進学や就職の時に独自の学びや経験のポートフォリオとして提示できるという面はもちろんありますが、それは二次的なものぐらいにしか考えていません。それよりも例えば、ある生徒が何かプロジェクトを始める時に保有しているNFTでタグ付けされて世界中の生徒たちが集まり、ソフトウェア開発プラットフォームのGitHub(ギットハブ)のように一緒にプロジェクトを推進することができたら楽しそうですよね。私はNFTをコミュニティとセットで考えていますが、自分が保有するNFTでできることをどんどん発信し、新しいコミュニティを作ったり、既存のコミュニティ内で自らプロジェクトを企画したりと、NFTをきっかけにして新しいつながりやイノベーションを生み出していってほしいと期待しています。
取材協力:epis Education Centre
取材協力:合同会社暗号屋
「NFT」の概要や技術、法整備など、基礎となる知識を盛り込んだ動画のWeb3教育コンテンツは、AI・デジタル人材育成プラットフォームを展開する株式会社zero to oneのプラットフォーム上で展開する予定です。提供を開始する際には、noteなどを通じてご案内いたします。
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