情報時代が、NFTが、アートを変えた 事業に立ちはだかる三つの壁(コラム)
「情報時代がアートを変えていくだろう」
施井泰平(しい・たいへい)さんはアートの価値を見つめ、まだブロックチェーンもNFTも定義されていなかった2006年に、作品が二次流通した際に還元金が作家に支払われる仕組みの特許を日米両国で取得。2014年にはスタートバーン株式会社を起業し、アート作品の信頼性担保と価値継承を支えるインフラを提供しています。NFTがアート業界をどう変えていくのか、起業家とクリエイターの立場から施井さんに想いを聞きました。
NFT作品が75億円の価値を持つ時代へ
――施井さんがNFTに興味を持ったきっかけはどういうものでしたか。
施井:2001年に美大を卒業した時に、今後は情報の時代になるだろうという確信を持ち、「インターネット時代のアートのあり方」にテーマを絞って制作を始めたことがきっかけです。2006年には作品の二次流通の際に還元金が作家に支払われるような特許を日米で取得し、その発明を社会実装するためにスタートバーンを起業したのが2014年です。まずアート作品を売買できる作品売買サービスを作り、そのサービス内で二次販売されると、最初の売り手である作家や批評家に還元金が支払われる仕組みを構築しました。その時に「ここで買ったアート作品を他の作品販売所を使って売った場合、還元金はどうなるの?」という質問をたくさんいただきました。同一のプラットフォームで売買しない限り、アート作品をトレースできないという問題にぶち当たったのです。ちょうどその時、ブロックチェーンのニュースを耳にしました。取引履歴をトレースできるブロックチェーン上にアート作品の情報を載せれば、自分がやりたいことができるのではないか。当時はまだ、NFTの正式な規格が生まれる前でしたが、還元金をどうするかという考えから始まり、その問題をクリアにできる技術がブロックチェーンであり、NFTだったという位置づけです。
――スタートバーンはその後、アート作品に特化したブロックチェーンの登記管理システムとして「Startrail(スタートレイル)」を開発し、Startrail上に発行されたNFTには、作品の価値に関わる様々な情報やデータを記録できるようになっています。2019年にホワイトペーパーを発表してから今日まで、ユーザー層や利用目的などに変化はありましたか。
施井:Startrailは現在、作品数は3万点を超え、トータルのバリューは数億円規模になっています。当初は物理的なアート作品(フィジカルアート)を証明して登録し、価値を継承していくことを主眼としていたため、50歳以上の富裕層にあたるアートコレクターの利用が多く、億単位の作品も多くありました。この1年ほどは30代のユーザーが中心になりつつありますが、Startrailやアート作品に対するNFTブロックチェーン証明書発行サービス「Startrail Port」など弊社のサービスはインフラですので、老若男女、国を超えて利用いただいています。2021年2月には集英社がStartrail Portを用いたマンガアートの世界販売を開始しましたが、その1カ月後にはBeepleのNFT作品が約6930万ドル(当時約75億3000万円)で落札されたことが報道され、ちょうどいいタイミングでした。その後も様々な業界から依頼をいただいています。
三つの壁、まずは「リテラシー向上」を
――NFT事業を展開する中で感じている課題はありますか。
施井:弊社の中村智浩取締役CTOがよく言っている話ですが、三つの壁がまだあると思っています。法律、技術、リテラシーです。法律は今まさに法規制や税制等のルール整備が検討されているところです。技術には、データ量やスピードなど、今の状態で広く大衆までに普及してしまったらパンクしてしまうだろう、という問題があります。リテラシーは、最終的に使う人がブロックチェーンやNFTを理解していないという点です。その中でも、ユーザーのニーズがあってこそだと考えると、一番大きな壁はリテラシーだと思います。
――リテラシーを向上させるために、スタートバーンが取り組んでいることはありますか。
施井:2022年9月に東京・下北沢で開催した「ムーンアートナイト下北沢」はその一つです。インスタレーションなどのフィジカルアートとNFT付きデジタルアートを融合し、スタンプラリーや限定メニューなどで全57カ所の地域店舗・施設が参加してくださいました。アートフェスティバルを成功させるには、20代前半の女性がポイントになるというデータを見つけたのですが、事前に20代の女性にNFTについて質問をしたところ、「大嫌い」「聞いたことがない」「無料でもいらない」などというマイナスな意見しか出てきませんでした。この人たちに楽しんでもらうには何をしたらいいのかを考え、インスタ映えしそうなアートや無料のNFTアートがもらえるなどの企画を盛り込みました。期間中は海外からのお客様も含め、10万人を超える方々が楽しんでくださり、参加者からは「楽しかった」「たくさん歩いてダイエットになった」「きれいだった」など、事前のリサーチとは逆のイメージを持っていただけたことは一つの成果でした。人間って不思議なもので、究極的に言うとそれがNFTかどうかなんてどうでもいいんです。「大嫌い」だったものにいつの間にか触れ、「楽しかった」と思ってもらえるならそれで十分だと思います。このアートフェスティバルをきっかけに、スポーツ施設や商業施設などで同様のことをやりたいと企業や自治体からお声をかけていただいています。そういうことを一つひとつ積み重ねていくことが、結果的にリテラシー向上につながっていくと思います。
――NFTアートが普及する中で、フィジカルアートを展示・保管してきた美術館の意義も変わってきそうですね。
施井:物理的な美術館の存在価値は変わってくるでしょうね。ブロックチェーンやNFTに限らず、メタバースやXRを含めた領域は、ダイナミックに世界的な規模でムーブメントが起きていますから、フィジカルアートとデジタルアートと、フィジカルスペースとデジタルスペースと、このあたりのアップデートはここから10年、かなり激しくなるのかなと思います。
クリエイターはマインドセットを
――スタートバーンはフィジカルアートに特化した登記管理システムの開発から始まっていますが、デジタルアートの普及に伴い、事業内容にも少しずつ変化が起きていますでしょうか。
施井:デジタルアートが広く大衆に知られるようになり、スタートバーンもデジタルアートに対応しながら、NFTのユーティリティや機能性を足していくことにも取り組んでいます。Startrailはアート作品を保存して継承し、エコシステムに還元することをインフラとして提供することが主眼であることは変わりませんが、先述のようなアートフェスティバルなどを通じて、NFTを発展させ、よりアート作品を守り、クリエイターにとってもアート作品に親しむユーザーにとってもより使いやすく、より楽しめることをやっていきます。
――施井さんご自身もアーティストですが、クリエイターから見て、NFTの価値はどんなところにあると思いますか。
施井:インターネット上で表現ができるようになったのは大きいと思います。例えばギャラリーを通してアート作品を発表した場合、現場に行かないとアート作品の価値づけやコミュニケーションなどができず、人を呼んでもせいぜい50人、多くても500人ほどだと思います。一方、インターネット上では世界中の人が場所を選ばずに同時に見られるので、潜在的なコレクターやファンとのマッチングの確率も上がりますし、アーカイブとして残すこともできます。このアップデートを生かさない手はないです。自分も含め、クリエイターはマインドセットがクローズな人も多いですが、そこに目を向けたら未来が明るくなると思います。
取材協力:スタートバーン株式会社
Web3ポケットキャンパスはスマホアプリでも学習ができます。
アプリではnote版にはない「クイズ」と「学習履歴」の機能もあり、
よりWeb3学習を楽しく続けられます。
ぜひご利用ください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?