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「手芸感覚でつくる暮らしの空間」OPEN VUILD #6

建築テック系スタートアップVUILD(ヴィルド)株式会社では、多様な領域で活躍する専門家を招き、さまざまな経営課題や組織のあり方についてオープンな場で語り合う「OPEN VUILD」を開催しています。

第6回は、「柔らかいハードウェア」をテーマに手芸と電子部品を組み合わせたものづくりに取り組む、合同会社techika代表の矢島佳澄さんをゲストにお迎えします。

生活の道具を既製品から「選ぶ」のではなく、ファブリケーションによって「自ら設える/誂える」ことが可能になった現代。ミシンで服を縫うように、ShopBotで家具をつくる「手芸的なものづくり」は、生活空間や日常生活にどのような変化をもたらすのでしょうか。VUILDメンバーの池澤あやか、森川好美とともに、生活感度の高い“ギーク女子目線”を起点に議論していきます。

Text by Risa Shoji
Photo by Moe Yoshizawa

日常や暮らしをアップデートする手芸的ものづくり

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森川好美 Konomi Morikawa/デザインファブリケーター、エンジニア。2016年に慶應義塾大学SFC卒業後、高知県佐川町に移住。ファブ施設の運営に携わる。2018年、VUILD株式会社にジョインし、デザインファブリケーターとして各地へのShopBot 導入やワークショップの企画運営などに携わる。

森川 1つ目の事例は、スタートアップ育成事業を手がけるMistletoe(ミスルトウ)株式会社でのワークショップです。ものづくり未経験の女性社員の方々5名に、ShopBot を使って家の中で使う身近なものをつくってもらい、そのプロセスを通じて「自分が欲しているもの」について考えてもらう企画でした。

これは完成した作品の一つです。

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ミスルトウのワークショップで生まれた作品例

キッチンのデッドスペースを活用した棚なのですが、調理器具が全て収納でき、調味料は収納部に角度をつけることで取り出しやすくしています。さらに、片手でちぎれるキッチンペーパーホルダーも付いていて、かなり機能的な仕様になっています。ミーティングを重ねながら、自分の「ほしいもの」を丁寧にあぶり出したことで、唯一無二の形が生まれた一例です。

森川 印象的だったのは、参加者が言った「ShopBotはミシンみたい」という言葉です。実際、ShopBot で製作したものには、そういう手芸的な感性の表出を感じさせる作品が多くありました。

このワークショップを機に、自分が本当に欲しいものは何かを考え、それを実現させる人々を、ワークショップのタイトル『ミスルトウビルダーズ』にちなんで「ビルダーズ」と呼ぶことになりました。

2つ目の事例は、富山県南砺市で行った『南砺七人衆』というワークショップです。Shopbotを導入した南砺市の製材所兼工務店、長田組さんの呼びかけで、当日は和紙職人の方や絹織物をつくっている女性など、普段からものづくりをしている方が多く参加されました。

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南砺市のワークショップでは、地元の木材を使ったユニークな作品が多数生まれた

森川 そのため最初のアイデア出しの時点では、製品化を意識したイメージを描く方が多かったんですね。そこで気付いたんです。私たちがビルダーズでやりたいことは、商品開発ではなく、ShopBotによって自分の生活をつくりかえるアイデアの具現化だ、と。

そこでワークショップでは、日常にフォーカスしてイメージを練っていきました。最終的には、日常生活の課題を解決したり、自分がほしいと思ったアイデアを実現するアイテムがたくさん生まれました。

かつて日本では、家の中で使うものは自分でつくるのが当たり前でした。VUILDの活動では、そういう「手芸的」な感覚を拠り所に、自分の暮らしや生活を変えるものづくりができる環境をつくっていきたいと思っています。

日常や暮らしをアップデートする手芸的ものづくり


秋吉 矢島さんも、かなり手芸的な感覚でものづくりをしていますよね。布や有機物という身近なものを、どのように身の回りを変えるアイデアにつなげているのか。その辺りをお聞きしたいと思います。

矢島 矢島と申します。普段は電子工作や手芸プログラミングを組み合わせた作品をつくったり、工業製品のプロトタイプを受託したりしています。また、「乙女電芸部」というグループでサークル活動もしています。

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矢島佳澄 Kasumi Yajima/合同会社techika代表。「柔らかいハードウェア」をテーマに、布や有機物などの柔らかい素材を使ったセンサーや電子工作などのものづくりを得意としている。乙女電芸部というグループを主宰し、手芸と電子工作を組み合わせたワークショップを全国で開催。近年は家電メーカーとのコラボレーションによる製品のコンセプトモデル制作にも携わる。

矢島 「柔らかいハードウェア」をテーマにした活動では、アートユニットplaplaxのテックスタッフとしてISSEY MIYAKE さんのディスプレーで洋服を動かす仕事をしたり、宮沢賢治の詩のリズムに合わせて電磁弁で水中の気泡を出すようなアート作品をつくったりしました。

また、メーカーとのコラボレーションでは、Panasonic FUTURE LIFE FACTORYに技術協力し、布とLEDディスプレイとファンを使って風を感じられる擬似的な窓をつくったりしています。

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ルームシューズやアロマデフューザーが電子工作によってテレビのリモコンに

矢島 このように、もともと生活環境にある「柔らかいもの」に機能を付与すると、生活道具ともより自然なインタラクションが可能になるんです。そういう意味で、今日のテーマでもある「手芸感覚のものづくり」は、すごくいいキーワードですよね。

ちょうど今、離れて暮らす祖母に薬ケースをつくろうとしていて。飲み忘れや飲み間違いが起きないよう、タイマーと連動したLEDのオンオフで通知するようなものを考えています。これも非常に「手芸的」なものづくりだと思います。ちなみに、亡くなった祖父が50年ぐらい前につくったちりとりは、今も現役で活躍しています。自分が死んでも残るものづくりができたら最高ですよね。

電子工作やデジタルファブリケーションが普及しつつあることで、そういう生活に寄り添うものが手軽につくれる環境になってきていると思います。もちろん、デザインや設計をするには数学の知識が必要ですが、一番大事なのは「何でもつくれる」というマインドです。乙女電芸部は、誰もがそういうマインドを持ち、ものづくりに取り組める環境をつくるためのサークルなんです。

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日本橋三越で開催したワークショップでは「未来のお神輿」をテーマにオリジナルの神輿を制作

矢島 電子工作は、もっと「かわいいもの」や「本当につくりたいもの」に使ってもいい。そんな自由なものづくりの楽しさを広めたくて、子どもや女性向けのワークショップも開催しています。最終的には、主婦たちが当たり前のようにハンダごてを使い、家電をつくりかえるような世界にしていけたらいいなと思っています。

個人の家具づくりは既成イメージを捨てることから始まる


秋吉 ありがとうございます。池澤さんからも自己紹介をお願いします。

池澤 皆さん、こんにちは。池澤と申します。私はVUILDでソフトウェアエンジニアとして働いています。

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池澤あやか Ayaka Ikezawa/タレント、エンジニア。1991年、東京都出身。第6回東宝シンデレラオーディション審査員特別賞受賞。タレントとしてTV番組への出演やメディア媒体への寄稿などを行う一方、エンジニアとしてWebサイトの制作やプロトタイプアプリケーションの開発に携わっている。

池澤 私の初めてのものづくり体験は、引っ越しがきっかけでした。「せっかくだから家具をつくってみれば?」と秋吉さんに勧められ、森川さんにいろいろとアイデアをもらいながら、まずは自分の生活を観察するところから始めました。

ところが、自分の頭に浮かぶのは既存の家具のイメージばかりで、結局よくある四角い棚のスケッチになってしまって。秋吉さんから「せっかくつくるのに、四角にする意味あるの?」と指摘され、初めて「家具づくりって自由なんだ」と気づきました。固定概念を捨て、自分の生活を見つめ直しながらつくることの重要性を、改めて考える良い機会になりました。

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池澤によるスケッチ(上)と、秋吉による修正後のスケッチ(下)

池澤 「本当にほしいもの」をつくるためには、自分の生活を観察するプロセスが重要です。ただ、構造的に優れた骨組みなどを素人が思いつくことは難しい。そこでVUILDでは、デザインテンプレートを使って簡単に家具や雑貨の設計ができるウェブサービスを制作中です。こうした製品についても、ぜひ皆さんのご意見をいただきたいです。

ホームセンターは市民の「ものづくり拠点」になりうるか?


秋吉 ウェブサービスのベータ版は、11月末までにリリースする予定です(2018年11月に「EMARF」のベータ版をリリース。翌年4月に「EMARF」をローンチ済み)。

ただ、買うという体験しか知らない人々に「自らつくる」というマインドセットをどうやって伝えていくのか、そこには僕らも課題感を持っていて。乙女電芸部の活動では、そのあたりの伝え方や巻き込み方をどうデザインしているのか、お聞きしたいです。

矢島 今の日本の消費は、家電であれば量販店で買うという消費行動が主流です。一方で、クラウドファンディングや「minne」などのハンドメイドECプラットフォームを利用した消費行動も起きている。ものづくりの壁を乗り越えるには、そこをクロスオーバーさせていくのが近道だと思っています。


私は、その重要なポイントになりうるのが、ホームセンターだと思っていて。最近では ShopBot を設置するホームセンターが増えていて、自分でものづくりができる環境も整ってきていますよね。今後、VUILDさんには、そこにスタッフを常駐させて、もっと機動的にShopBotを使えるようにしてもらいたいです。

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秋吉 「EMARF」は、それに逆行する戦略かもしれない。ただ、誰もがものづくりできる大きな流れを生み出すには、今は自治体や製材所に入っている ShopBot のアクセシビリティを強化するほうが重要だと思っていて。

矢島 ホームセンターではなく?

秋吉 たしかにアメリカでは、まずホームセンターに ShopBot が導入され、個人が自宅のガレージに設置する動きへと波及し、メイカームーブメントに至る流れがありました。ただ、僕らが ShopBot の代理店として日本に波及させようと考えたときは、その流れをコンシューマーサイドではなく、ビジネスサイドから読み換えるべきだと考えたんです。

なぜなら、日本には町家のように様々なものをシェアをして使う文化が根付いており、500万円という導入コストを賄える自治体や企業への普及を進めるほうが、この流れを加速しやすいと考えたからです。豊富な森林資源の有効活用や、これまでの産業構造を変えていくことを目指すなら、やはり資源の上流を抑えることが重要だろう、と。

矢島 なるほど。

秋吉 地方では、ロードサイドの大型家電量販店やホームセンターが軒並み閉店を余儀なくされている状況をよく見かけます。地域の中で中央集約化されていた小売店が抜けたとき、電子工作を売っているような小さい店舗が、都心のFCモデルのような形でそのパイを埋めていく動きも生まれてきています。そういう流れを見ても、ShopBot を持っている製材所が、電子工作をやっている店舗とつながり、新たな自律分散型のものづくりネットワークが生まれていく可能性を感じます。特に地方都市においては、あり得る未来の姿だと思っています。

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矢島 それが実現したらすごく理想的ですよね。私の実家は個人商店の米屋ですが、もともとは周りの米農家が集まって精米をする精米所でした。つまり、地域コミュニティをつなぐハブみたいな場所だったんですね。昔は電器屋さんやラジコンショップなど、そういう場所がたくさんあった。みんなが一人ずつ屋号を持って地域で活動していく流れが復活していくのは、いいことだと思っています。

森川 それこそ、minne みたいなプラットフォームですよね。

矢島 そうですね。先日お昼の情報番組で、レポーターがminneのクリエイターからアクセサリーづくりを習っておこづかい稼ぎに挑戦する企画を見て、すごく感動したんですよ。メイカーになる方法を、たくさんの主婦が見る番組で取り上げたことがうれしくて。個人がものをつくって売るということが、だんだん当たり前の時代になってきている、と実感しましたね。

池澤 そういう個人商店が集まるプラットフォームは、様々な領域で増え始めています。VUILD がつくろうとしているウェブサービスも、いずれはユーザーがモデリングしたデータを売ることもできるプラットフォームにしたいと思っています。


秋吉 例えば、家づくりのノウハウが蓄積された大工の口伝書のように、ユーザーがつくったテンプレートを集合値的に増やしていく仕組みについても議論はしています。テンプレートを提供することで、設計料のようにロイヤリティが入ってくる仕組みができたら面白いですよね。

人々をものづくりに巻き込むタッチポイントをどうデザインする?


矢島 ただ、ウェブサービスだけでは一般の主婦のタッチポイントとしては弱い気もします。それこそ、先ほど話したように、お昼の情報番組で紹介されるぐらいにならないとダメだと思っていて。

秋吉 そこは、僕らも一番課題に感じているところですね。

矢島 ものづくりという文化を、いかにメインストリームに持って行くか。人々を巻き込んでいくには、一般の主婦目線で考えて、その生活の中に入っていかなければいけないと思っていて。

秋吉 タッチポイントの話はすごく重要で、ウェブサービスが実現しても、ユーザーは実際にどんな環境で、どんな材質のものができるのかを見たいはずです。だから、ユーザー自身が ShopBot で作業したり、そこで決済もできるようなポジティブなインタラクションが可能になれば、タッチポイントとしての現場の価値も高められるんじゃないかと思います。

その一環として、ものづくり経験のない人たちが既存のモノのイメージを打破し、真のクリエイティビティを発揮するための手法を、今後のワークショップで開発していきたいと思っています。

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笹塚駅前の広場にベンチを作るプロジェクト「笹塚ヒロバ!」のワークショップ

矢島 生活感度の高い人だけでなく、草の根におろしていく活動を私もどんどんしていかなければと思っています。

秋吉 矢島さんはワークショップの際、どんな場づくりや構成を意識されていますか? また、参加への敷居を低くする工夫についても伺いたいです。

 
矢島 敷居については、ワークショップの開催場所が大きいと思います。FabLab(ファブラボ)であれば感度が高い人が来ますし、町の科学館や商店街のイベントでは参加者も全然違ってきます。地域特性もあって、その町の人たちの教育に対する姿勢でも変わってきます。

参加する人たちの関心度もそれぞれ違っています。だから、誰が来てもいいように、きちんとワークショップの目的が伝えられる構成にしておくことはすごく重要だと思います。

池澤 森川さんに質問ですが、以前、ワークショップを通じて「今まで培ってきた経験による呪縛を解き放つ」と話していましたが、どのように実践しているのでしょうか。

森川 毎回手探りですが、言葉のデザインはすごく重要です。例えば『ミスルトウビルダーズ』は、当初『ミスルトウ収納部』というタイトルでした。そうすると、参加者は自分の中の「収納」をイメージしてつくろうとしてしまうんです。単に棚をつくるのではなく、アイデアを形にする表現手法を学ぶことを目的とするなら、その意図をしっかり伝える言葉を慎重に選ぶ必要があると思います。

市民がものづくりをする時代に建築家が担う役割


秋吉 最後に、会場から何か質問はありますか?

質問者 池澤さんの話を聞いて、ウェブのデザインテンプレートで基本的なものはつくれるかもしれないけれど、デザインの美しさを高める線を引くスキルは、やはりプロの領域なんだな、と。VUILDはそういうプロの職能としての価値を高めていこうとしているのか、それともそういうスキルをみんなが身につけられるようにしていきたいのか、どんなビジョンを持っていますか。

秋吉 プロの職能を高めたいという思いはあります。例えば、主婦の人がデザインをする際には、やはりプロの知見や包括的な判断が必要になります。それは機械化できないところでもあり、プロフェッショナルが最終的に戦うべきフィールドだと思っています。ウェブサービスのテンプレートをつくるときも同様です。個人のものづくりにおいて、プロは全体を俯瞰して最適解を出す役割を担う。それは僕がメタアーキテクトを名乗る理由でもあります。

質問者 テンプレートを使うときに、プロのテイスト、例えば「秋吉調」とか「森川調」みたいなパラメータを入れて、より特徴あるデザインを選ぶこともできるかなと思いました。

秋吉 本来、そうあるべきだと思っています。ただ、そういう難しいコミュニケーションや温度感といった「柔らかい部分」は、ウェブサービス化が難しい。そこはテンプレートを超えたオプショナルな世界だと思っていて、実装はもう少し先の話ですね。むしろ、そういう柔らかい部分にタッチするには、ユーザーを現場に誘導する必要があると思っています。今後はウェブサービスとワークショップをインタラクティブにつなぐ、タッチポイントのサービス化にも挑戦していきたいですね。

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(2018年8月22日、VUILD川崎LABにて開催)

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