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シミュレーションを活用したデザイン OPEN VUILD #4

「OPEN VUILD」は、建築系スタートアップが直面する経営課題や組織のあり方についてオープンに語り合うディスカッション・プログラムです。VUILD代表・秋吉浩気(@aruteist)がファシリテーターとなり、毎回さまざまな領域で活躍する専門家をゲストに招いて多様な議論を展開しています。

第4回のゲストは、建築環境デザイナーの谷口景一朗さんと環境設備エンジニアの清野新さん。建築を取り巻く情報をシミュレーションによって可視化し、設計にフィードバックする手法が注目される昨今、環境という切り口でそれらを実践するお二人とともに「シミュレーションを活用したデザイン」の可能性を探ります

Text by Risa Shoji
Photo by Hayato Kurobe

オフィスから住宅まで活用が進む「環境シミュレーション」

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秋吉  近年、CAD(Computer Aided Design=設計・製図)やCAM(Computer Aided Manufacturing=加工・出力)、CAE(Computer Aided Engineering=解析・検証)という「ものづくり支援ツール」の急速な普及で、製造工程の上流から下流までを高速に垂直統合できるようになってきました。今日のゲストは、これらのツールを活用し、新たな建築デザインの可能性を追求している方々です。まずはお二人に、自己紹介を兼ねて「環境シミュレーション」の活用事例を紹介していただきましょう。

谷口 谷口と申します。日建設計で意匠設計者として環境シミュレーションを活用したプロジェクトに携わった後、独立して設計事務所を立ち上げました。今は東京大学の工学系研究科建築学専攻特任助教も務めています。

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(写真右)谷口景一朗 Keiichiro Taniguchi(@keiichirot)/建築家、建築環境デザイナー。東京大学工学系研究科建築学専攻修了。日建設計を経て2016年、合同会社スタジオノラを設立(共同主宰)。同年、東京大学工学系研究科建築学専攻特任助教に就任。主な担当作に「ラゾーナ川崎東芝ビル」(2013)、「小学館ビル」(2016)等。共編著書に『最高の環境建築をつくる方法』。

秋吉  日建設計ではどんなプロジェクトに携わっていたんですか?

谷口「ラゾーナ川崎東芝ビル」や「小学館ビル」を担当しました。「小学館ビル」のプロジェクトでは、周辺環境だけではなく「ビルの使われ方」に注目して環境解析を行いました。出版社は夜間でも常にどこかの部署が稼働しています。そこで24時間365日、温度ムラのない快適な空間を担保するため室内環境のシミュレーションやピース実験を行って検証しました。最終的には、鉄筋コンクリートの躯体を外断熱で覆った魔法瓶のようなビルになりました。

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「小学館ビル」

谷口 もう一つ、「横浜商科大学開学50周年記念館(新3号館)」の事例を紹介します。設計は建築家の渡辺真理(わたなべ・まこと)先生が担当し、僕は環境シミュレーションを活用した外装デザインで協力しました。

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起伏に富んだ地形に建つ「横浜商科大学開学50周年記念館」

谷口 このプロジェクトでは、あえて相反する評価軸を設定してシミュレーションしました。例えば開口部のデザインを決める際には、ルーバーの本数、窓面に当たる日射量、sDA(年間50%以上が昼光利用により設計照度を満たす領域の面積率:昼光利用の指標)という3つの相反するパラメータを設定し、デザイン性、経済性、機能性の最適化を目指しました。

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谷口 ただ、入力した値は互いにトレードオフの関係なので、唯一の最適解は出ません。そこで最終的なデザイン決定は、絞り込んだ4パターンの中から渡辺先生に「かっこ良さ」という主観的評価で選んでもらう手法を取っています。

CAE×ファブリケーションが生み出す新しい可能性


秋吉 ありがとうございます。続いて清野さん、お願いします。

清野 清野と申します。建築エンジニアリング・コンサルティング集団Arup(アラップ)で環境設備エンジニアをしています。風の流れや熱環境、光環境の解析を行い、美術館やスタジアム、オフィスビルなどをつくっています。

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清野 例えばこちらは、台湾南部の都市、台南市に建設中の美術館のプロジェクトで、設計は建築家の坂茂(ばん・しげる)さんです。熱帯気候を考慮し、建物全体を大きな屋根が覆うデザインになっています。屋根には太陽光の角度によって影の形(遮蔽率)が大きく変化するフラクタル形状のシェードを採用しています。

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清野新 Arata Kiyono (@no_kiyo)/環境設備エンジニア。2014年、東京大学大学院修了。同年よりアラップ東京事務所のビルディングエンジニアリングチームに所属。美術館、図書館、オフィス、研究所、スタジアム、ホテル、住宅等の環境設備設計を担当。設計、環境コンサルティングに加え、シミュレーション・オートメーションツールの開発にも従事。

清野 シミュレーションは「屋根なし」「屋根あり(一枚屋根)」「屋根あり(フラクタルシェード)」の3パターンで行い、日射遮蔽と昼光利用の両立、輻射熱防止のためシェード自体を風で冷却する手法の検討などを行い、屋根の形状の妥当性を検証しています。

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台南市(台湾)で建設中の台南美術館。2019年竣工予定。

清野 これはArupに加入する前に、建築設計事務所SUEP.代表の末光弘和(すえみつ・ひろかず)さんと協働した淡路島の住宅プロジェクトです。日射を制御する装置として、淡路島の名産である瓦を用い、そのベストな形状をスタディしました。建物が東側に大きく開口しているので、日射による夏場のオーバーヒートを防ぎ、冬も暖かく過ごせる環境を得るため、瓦で構築したシェードを覆ってダブルスキン状の半屋外環境をつくっています。

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フラクタルシェードの遮蔽率のシミュレーション

清野 瓦のパターンが増えるとコストも上がるので、建物を構成する6面のどこに当てはめても効率的に日射取得できる形状の瓦が必要でした。瓦としての形状の制約も考慮しながら、2パターンのプロトタイプをつくり、パラメータをいじりながら配列や熱収支の変化を視覚化して最終的な瓦の形状を決定。3Dデータを型に落とし、淡路瓦の職人たちが瓦を制作しました。

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明石海峡大橋を望む「淡路島の住宅」では約3000枚の瓦を使用した。

秋吉 CAEとデジタルファブリケーションの掛け合わせで、新しいデザインの可能性が広がっているんですね。清野さん、ありがとうございました。

「たしかめる」から「形をつくる」シミュレーションへ


秋吉 ちなみに、このようにシミュレーションをデザインに活かす流れは、どのように生まれてきたものなのでしょうか。

谷口 じつは10年前ぐらいにも流行の兆しがあったのですが、すぐに衰退してしまったんです。それがここ数年で再び流行りだしていますね。

秋吉 10年前と今を比べると、どんな違いがあるんでしょうか。

谷口 第一フェーズは、いわば「確かめるためのシミュレーション」。デザインや形状の正しさを確認する、最も初歩的な手法ですね。最近はようやくここから脱却して、デザインの比較検討や改善提案に活用する「比べるためのシミュレーション」が増えてきています。

秋吉 それが第二フェーズですね。

谷口 第三フェーズは、言うなれば「形をつくるためのシミュレーション」です。マシン性能の向上や「Grasshopper」といったツールの発達で、数百パターンの解析を短時間でできるようになり、これまで難しかったシミュレーションによるデザイン生成が可能になってきている――それが今の状況ですね。

秋吉 VUILDでも、アイデアを製品に落とし込む過程(デザイン、強度計算、加工データ作成など)を支援するツールの開発に力を入れています。今はそういったツールにCAD/CAM/CAEを効果的に取り込む方法を模索している状況です。今日はそのあたりを議論するため、VUILDのエンジニアチームから高野さんと小林さんにも来てもらっています。

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(左から)VUILDエンジニアチームの小林国弘、高野和哉、代表・秋吉浩気

高野・小林 よろしくお願いします。

高野 エンジニアチームでは現在、ライノセラス上で、木材を組み上げる際に必要な「ほぞ」(接合部)の形状をつくり、2次元の加工データに変換、検証後に切り出しを行うところまでを自動的に行うツールを開発しています。

小林 今後はコンシューマ向けに、ユーザーがwebブラウザ上のCADに用意されたデザインの雛形を選択するだけで設計ができるツールも開発予定です。

秋吉 CADからCAMまでが垂直統合され、ユーザーが生成したデザインが即座にShopbotで加工できるようになれば、瞬時に制作ができる。プロではないエンドユーザーでも、簡単かつ安全にものづくりができる環境をつくっていきたいな、と。開発の背景にはそういう思いもあります。

高野 シミュレーションを活用して、地域の気候や居住者の特性に合わせた建物の形状を自動生成するプログラムも開発中です。

秋吉 谷口さんの分類で言うと、第三フェーズにあたるものですね。

高野 深層学習で構築したモデルに、センサーで取得した太陽光や音、熱などのデータを入力すると、ブリック状の構造物が自動的に環境に適した形状に配置されていくようなイメージです。

秋吉 例えば「蟻塚」のように、デザインとビルドをリアルタイムに同期させるような家づくりができないだろうか――。そんな視点から新しい建築のビジョンを模索するために取り組んでいるプロジェクトです。

シミュレーションは「誰もが快適な空間」を作れるか?


秋吉 現状は、人間の快適度を指標に、環境にまつわるパラメータを変化させながら最適な形状を決めていく方法を検討していますが、快適さの定義や環境データとの関連付けが非常に難しくて……。まずはお二人に、こうしたVUILDの取り組みについて率直なご意見を伺ってみたいです。​

谷口 お話を聞いて、東京大学建築学専攻Digital Fabrication Lab(DFL)と小渕祐介研究室が昨年制作したパビリオンの事例が思い浮かびました。これは聴覚を頼りに建築をつくる試みです。施工者はイヤホンを装着し、音のガイドに従って空気銃のようなツールに詰めたココナッツ繊維を撃ち、丸鋼に網を張った構造体に吹き付けていくんです。で、飛ばされた繊維が網の上に落ちると、変化した構造のバランスを瞬時に解析し、次に撃つべきベクトルをガイド音で提案する。

秋吉 個人の知覚と動作による結果を元に、リアルタイムで構造最適化するみたいなことをやっていた、と。

谷口 そうです。これを秋吉くんが言う「蟻塚」のような施工システムとして応用することは、わりと実現可能性が高そうだな、と感じました。

秋吉 清野さんはいかがですか?

清野 今はファブ技術の向上で、かなり自由な形状の部材をつくれるようになっていますが、そうなると逆に環境シミュレーションがボトルネックになる可能性があるな、と感じました。太陽光だけでなく音や風も解析するとなると、計算コストが100倍、1000倍になってしまうので。

秋吉 まさにその通りですね。

清野 だから最近は、そのような高負荷のシミュレーションを機械学習によって事前キャッシュのように機能させる試みも広がっています。例えば風の解析であれば、あらかじめ環境データを読み込ませた機械学習の予測モデルを使って、リアルタイムに入ってくるセンサーデータと照合しながら、インタラクティブにシミュレーションを行う環境が整いつつあります。

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秋吉 なるほど。僕は、個々人が自然環境の中で感じる快適さと、その土地ならではの文化や気候風土を関連づけて定量化し、環境シミュレーションによってモデル化したいと思っていて。

清野 環境工学でいうと、快適さとは「何の不満が生じない状態」と定義されています。温度や湿度、風の流れなどは、一定以上の被験者を対象にした実験である程度、統計的な数値が出ているんです。ただ、暑い屋外から涼しい室内に入ったときの気持ち良さなどは、まだ定量的に示す指標がないので、自分の身体感覚と結びつけながら予測するための訓練は必要でしょう。そこは僕自身の課題でもありますが。

 
谷口 快適性評価には、国際規格にもなっている「PMV(=Predicted Mean Vote)」が使われることが多いですね。温度、湿度、放射、気流、活動量、着衣量の6要素から算出されます。この指標を使うと、例えば提案の段階で「この空間ではTシャツと短パンでも過ごせます」といった説明は可能です。

秋吉 ただ、実際にTシャツと短パンで過ごしたときに感じる快適性はユーザー側に委ねられる、と。

谷口 シミュレーションで想定しきれない部分は当然出てきます。例えば、小学館ビルの事例では、オフィスでよく問題になるドラフトなどの気流感を嫌がる人に配慮して、気流を使わない「放射冷房」を採用したんですね。ところが、竣工後にユーザーから「風がなくて気持ち悪い」と言われてしまって(笑)。

秋吉 人間って難しいですよね(笑)

谷口 シミュレーションで完全な提案をするのは難しい。でも、過去事例やノウハウ、ユーザーの評価といった情報を蓄積・共有していけば、それを踏まえた新しいチャレンジや可能性はもっと広がっていくと思っています。

「ものづくりの民主化」で変わる建築家の役割


秋吉 デジタルツールによって「ものづくりの民主化」が進んだ環境において、僕ら建築家やエンジニアは専門家としてどのような役割を果たすべきなんでしょうか。

清野 難しい質問ですが、大事なのは、どうやって“デザインの枠組み”をつくるのか、だと思うんです。デザインの枠組みとは、さまざまな建築上の制約というゲーム設定の中でベストな形を考えていくこと。僕はシミュレーションで解を導くこともデザインの一部だと思っているし、デザインとエンジニアリングの境界は非常に曖昧なものになってきていると感じます。

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谷口 同感です。最も重要なのは、プロジェクトの起点になる最初の問いを立て、どのようなパラメータ設定を行うのか、ということ。意思決定を含め、それこそが僕らの職能であり、課せられた役割かな、と。シミュレーションによるパターンの中から最終的な形を選ぶのが誰かについては、さほど重要でないと思っています。

秋吉 設計製作における上流と下流の垂直統合が進み、ものづくりのあり方が変わりつつある今、建築家の役割は「問いを立ててデザインの枠組みを決めること」。そしてプロジェクトに熱を与え、ドライブさせていくことなのかもしれません。

ところで今日は、僕が編集委員を担当している『建築雑誌』で同じく委員を務める中島弘貴さんが来場されているので、ぜひ彼からもコメントをいただきましょう。

中島 中島と申します。設計事務所のアール・アイ・エーの計画部で、都市計画や再開発の構想・設計予見をつくるプロデューサーのような仕事をしています。

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中島弘貴 Hiroki Nakajima/(株)アール・アイ・エー計画部勤務。1988年生まれ。2014年、東京大学大学院修士課程修了。専門は都市計画、建築設計、環境工学。

中島 建築家の役割について言うならば、今後はデザインにどれだけ人為的な余地を残せるかが重要になってくると思っていて。AIをめぐる議論でも「人間の役割はバグしかない」などと言われますよね。都市計画も似たところがあるんですが、環境シミュレーションもある程度決まっている「かた」に沿って、予定調和なデザインに収束しがちだと思うんです。都市開発のように関係主体が増えると特にその傾向は顕著です。そこに「ゆらぎ」を与える能力が求められてくるのかな、と。

谷口 そもそもシミュレーションは、計画の中のバグを見つけ、そこから生まれるリスクを排除するために活用されてきた経緯があります。言うなれば、建築家の奇抜なアイデアに対して、シミュレーションによる評価がNGを出す役割を担っていたわけです。ところが、シミュレーションで多様な検討が可能になる第3フェーズでは、逆に無茶なアイデアの実現を支援するものとして機能するような状況が生まれている。今後、建築家は積極的にバグを持ち込むようになる、という予測は言い得て妙だと感じました。

秋吉 僕は、変数に満ちた場所ごとの環境因子や個体差のある人間の知覚に対して寄り添えるところが、環境シミュレーションの良さだと思っていて。構造や工法、シミュレーションによるパターンがある程度「かた」として定着したとき、建物の意匠はおそらくエンドユーザーが決められるようになる。そしてエンジニアはシミュレーションを行い、建築家はユーザーが評価できない「良し悪し」の判断をしたり、最初の初期設定を定めたりする職能になっていく。そういうある種の「三極化」が進んでいきそうだな、と。みなさんのお話を聞いていて、そんな風に感じました。

本日はありがとうございました。

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2018年7月11日、VUILD川崎LABにて開催