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最高齢スイマーから学ぶ目標達成への姿勢

つい2週間前、KOSUKE KITAJIMA CUPがありましたね~!

私が大好きな松本克央選手が日本新記録を出したり、池江璃花子選手が東京オリンピック選考会となる日本選手権の参加標準記録を突破したりと話題盛りだくさんでしたね!

…ですが、本日取り上げるのは、長岡三重子さんです。ご存知でしょうか?私全然知らない方でして、ふとLINEのニュースページを開いたときに「水泳の長岡三重子さんが死去」というタイトルが目についたんです。

亡くなった、という話ですが水泳の方か~と思って。それでニュースの内容見て、長岡さんも調べて…もうこの方は確かに競泳界で知っている人は少ないかもしれませんが、もしかしたらどんなトップ選手よりも見習うべき方なんじゃないかなと思いました。

そんな長岡さんは一体何者なんでしょうか?

このnoteはVoicyの過去の放送の一部を文字に起こしたものです。

スーパーおばあちゃんの水泳人生 幕開けはなんと80歳!

長岡三重子さん、おそらくご存知ない方が多いと思うんです。というのも、水泳を始めたのがなんと80歳になってからなんです!

そうです、世界で活躍はされていたんですが、普段見るような、オリンピックや世界選手権の年代ではなく、アマチュアのマスターズで活躍されていた方なんです。

多くの日本記録・世界記録を持ち、女子100~104歳の部で1500m自由形を世界で初めて泳ぎきるなど偉業をたくさん達成された、スーパーおばあちゃんなんです。それでは、長岡さんの水泳人生についてお話します。

長岡さんが水泳を始めたのは、先ほどお話したように80歳からです。そのきっかけは膝のリハビリでした。元々能をされていて、それで膝を傷めてしまったそうです。

水泳を勧めたのは息子さんである宏行さんで、膝が直った後も水泳続けた方が健康にいいよと言ったそうです。公益財団法人長寿科学振興財団からのインタビューで、泳ぎ始めた時のことを、長岡さんはこう振り返っています。

「はじめから泳げたわけではありません。25m泳げるようになるには1年かかりました。息継ぎが苦手なので、我流の背泳ぎで泳いどりました」

…1年もの間25m泳ぎきれなかったなら、私だったら諦めるか誰かに泳ぎ方を教わりに行っちゃうなぁと思います。もうこの時点でかなりのスーパーおばあちゃんだなと思ってしまうかもですが、まだまだです。

84歳で大会に出場し、翌年には世界大会に出場するほどの実力をつけていましたが、まだこの時はリハビリの延長という気持ちだったそうです。

ですが水泳を始めて7年後、87歳の時に転機が訪れます。

ずっと続けていた能を辞めざるを得なくなりました。耳が悪くなってしまったのです。32年間も続けていたことを、自分の意思ではなく断念という形で辞めてしまい、心にぽっかりと穴が開いてしまった気分になってしまったそうです。

ですが、ここで終わらないのがスーパーおばあちゃんたる所以です。能の断念をきっかけに水泳に本格的に取り組むようにしたんです。90歳の時に世界大会で銀メダルを3つも獲得しました。

が、「どうせやるなら金メダルが欲しかった」と、翌年91歳になってコーチをつけて個人指導を受けるようになりました。本当に驚きなのが、このコーチを付けるまではずっと我流の背泳ぎだったんです。

ここでようやく泳ぎの修正が入ったんです。そして指導を受け始めた翌年92歳で念願の金メダルを獲得しました。

ですが、ですが、なんです。まだ終わりません。

「“金メダル”は、その大会に出た人の中で一番ということ。“世界記録”じゃない」と長岡さんは思ったそうです。

そして95歳の時に、年齢区分が変わったこともあってか12もの世界新記録を樹立しました。

そしてそれでも満足しきることはありませんでした。もっと世界新記録を出したいという思いから、平泳ぎも習得し、そして世界新記録を樹立しました。

平泳ぎ修得について、次のように言いました。

「平泳ぎはしんどいから嫌いでした。でも世界記録を増やすためです。やっぱりしんどい目を見なくちゃ。楽ばかりじゃダメ、苦は楽の種。楽は苦の種。苦しい思いをして初めて結果がついてくるんです」

現在長岡さんの持つ世界記録は18、日本記録は34もあります。

おそらく年齢区分や長水路短水路の各種目の合計になると思いますが、これほどの数の世界記録を持っているスイマーは他にはいないのではないでしょうか。

そんな長岡さんは1月19日に急性呼吸不全で亡くなりました。その4日前までスイミングスクールで練習をしていたそうで…きっとずっと元気で健康な日々だったんだろうなと思います。

次のチャプターでは、長岡さんからTipsをおひとつ、お伝えします。

情熱を持って努力すればなんだって叶う

今回のTipsは、「情熱を持って努力すればなんだって叶う」です。

やりたいと思うだけでは変わりません。

やってみたいけど今更…と思っていても変わりません。

長岡さん最大の強さは、やりたいと思ったらやるというところだと思います。今まで打ち込んできた能ができなくなっても、もう打ち込めるものが無いと思うのではなく、じゃあ水泳を頑張ろうと思いました。

銀メダルが悔しかったから、ならば金メダルがとれるように練習しよう。世界新を出したいと思ったら世界新が出せるように努力しよう。世界新をもっと増やしたいから平泳ぎも泳げるようになろう…。

どれもやってみて、そのフィードバックから次の目標を見出して、そこへ向けてやるべきことをやってみる。これの繰り返しでした。

「百すぎて 熱と力で希望の丘へ」

これは長岡さんが100歳の誕生日に書いた俳句です。

「“熱と力”とは“情熱と努力”のこと。100歳まで生きて思うのは、情熱を持って努力すれば、自分が望むところへ辿りつけるということです。一生懸命やること。何事も。自分に厳しく」

とおっしゃいました。努力し続けた長岡さんが言うと、本当に言葉の重さを感じますよね。

情熱を持って努力すれば、それが80歳でも90歳でも、目標は達成できるんだとまっすぐに伝わってきます。

このnoteはVoicyの過去の放送の一部を文字に起こしたものです。
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