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こんな時だからこそ思い出せた懐かしい味【アロス・ア・ラ・クバーナ】(レシピエッセイ)

コロナウィルスの影響によりスペインに3月14日に警戒事態宣言が措置されてから一週間後、さらに15日間の延長が宣告された。

普段からお祭り騒ぎが好きな国民が自宅隔離を強いられ、食料購入目的のスーパーマーケット、薬局、病院以外の外出禁止。その他の場所に外出せざるを得ない場合は外出証明書を所持しなければならない。

それなのに、どういう訳か「犬の散歩はOK」というのがスペインらしいといえばスペインらしい。夫の古くからの友人で狩猟が趣味で、15匹ほど犬を飼っているビセンテがこっそりと「お散歩犬レンタル業」をスタートしたとかしないとか。

1日に500人もの人が亡くなっているという厳しい状況の中でも、どこかに心の余裕を忘れない彼らのメンタルの強さには脱帽する。けれども、その反面、何かにつけて締めるべきところがしっかり締まっていないのも事実でこの先の不安も否めない。

そんな状況での我が家はというと、留学中の娘が急遽帰国し、大学生の長男と次男は休校となり、思いがけず、家族5人が24時間、同じ屋根の下で生活をしている。

24時間ベッタリの育児に始まって、保育所と幼稚園の送迎往復、毎週末のバスケ三昧にお付き合いする日々を過ぎ、子どもたちがそれぞれ自分の時間を管理するようになった。

我が家の子どもたち3人の年齢差は2年毎。あれよあれよという間に、気がついたら3人とも成人してしまっていた。各自が人との付き合いもあるので週末でも全員が家にいるとは限らず、その上、娘が留学してからは4人が当たり前。5人揃って毎日を過ごす日が今さらやってくるなんて思ってもみなかった。

小さなバスルームは早い者勝ち。果てしなく時間がかかる娘が陣取る前に用を足さなければならない。

細長いミニキッチンは大人5人では容量オーバー。一列縦隊で前進しながら入ったら、そのまま一列後退しないとキッチンから出られない。

キッチン脇にある生ハムは誰かが横を通る度に痩せ細り、いつの間にか、骨の周りに肉が寂しそうにへばりついている。

けれど、それ以上に、大人になってからの5人の時間が想像以上に良いものだと気づくのに時間はかからなかった。

想像してみてほしい。

スプーンを口にあ~んと運ぶとベッと吐き出していた子が保険制度について意見し、毎日、学校から泣いて帰ってきた子がウィルスについて生物学的な見解を語る。政治や各国の対応についての話をしながら、私が「それ何?」と間抜けな質問をすることも少なくない。

そうかと思うと、昔話に花が咲く。

学校に行きたくなくてオシリにポツポツを描いた「水疱瘡になってみよう作戦」は、油性マーカーを使ったがためにポツポツが消えなくて、軽石で擦ったらオシリの皮まで剥げてしまった話。

家の裏の自然公園を散歩途中、兄にそそのかされて用水路を飛び越えようとした妹が腰までドボンと落っこちたのを隠したまま、水の入った靴をズブズブと鳴らしながら3キロ歩いた話。

遊ぶのにも飽きてしまったある日、姉と弟が「暇やな。喧嘩する?」「よっしゃ」と即決した話。F1グランプリの表彰台にあがってみたいとクッションを重ねた上に立って祝賀ソングを歌う二人。耳を澄まして聞いてみると、実はウェディングソングだった話。

親たちが知らなかった話も飛び出して、5人でお腹を抱えて笑う。

決して自由だとは言えず、料理だって手元にある食材を工夫して生活する日々の中で娘が言う。

「今日はアロス・ア・ラ・クバーナにしよう。久しぶりに食べたい」

スペインでキューバ風ライスと呼ばれるこの料理には、白いご飯の上にトマトソース、揚げ卵、お好みでベーコンやソーセージなんかが乗っている。小学校で食べた給食の中でこれだけは美味しいからと子どもたちにせがまれて作ったのが始まりだった。

本格的にはバナナのフライも乗っかっているらしいのだけれど、今だに見たことがないし、海外でいう「○○風料理」ほどアテにならないものはない。キューバ人に聞いてみても、そんな料理はないと言う。

だから、ご飯は米を洗ってから炊く日本風、トマトソースと揚げ卵はスペイン風というアンバランスなものなのだけど、子どもたちにとっては懐かしい我が家の味になっている。

ご飯を炊く傍らで、トマトソースを作る。大きめの鍋にたっぷりのオリーブオイル。みじん切りのたまねぎとニンニクを透明になるまで炒めたらパプリカを加える。フレッシュトマトの代わりにトマトピューレで十分。飛び散ったトマトで火傷ないように注意しながら煮詰めていく。

「パプリカも入れるの?」
「入れなくてもいいけどね、ウチのは入れてるの」

「へぇ~」という顔をする娘。トマトソースはいろんな料理に応用が利くから、多めに作って小分けにして冷凍保存するんだよと言うと今度は「ほぉ~」という顔になる。きっといつか自分でも作ってくれるんじゃないかな。

冷蔵庫にストックしてあったベーコンを娘が焼いてくれる間に卵を用意する。高めの温度に設定した油の中で白身の部分をまとめるように手早く揚げる。黄身の表面に白い膜ができ、白身の端っこが黄金色に色付いてカリカリと香ばしく揚がったタイミングを逃さず、さっと取り出す。

ちょうど、ご飯が炊きあがり米が蒸れた温かな蒸気がキッチンに充満する。各自が自分の皿にご飯、トマトソース、ベーコン、卵の順に盛り付けていくセルフサービス。夫がベーコンを一枚余計に取ってみんなに怒られた。

真っ白いご飯に真っ赤なトマトと黄色い卵。グチャグチャと混ぜ込まれては次々に口の中に消えていく。淡白な米の味にしっかりとコクのあるトマトソースとコックリと油をまとった卵。日本の味とスペインの味をミックスしたようなキューバ風ライスの味。何だかよくわからなくて美味しくて嬉しくて笑ってしまった。

すっかり忘れてしまっていた。最後に食べたのはいつだったろう。

実際に、ウィルスに感染した方やそのご家族、感染を食い止めるために第一線で働いている方々に対しては不謹慎なのはよく分かっている。でも、こんな状況だからこそ、前向きに見つめなおさないといけないものがあるのではないかと感じる。

各国での厳しい自粛対策によって、中国では黄色色がかった空が青味を取り戻し、緑に濁ったベネチアの水は透明になり魚たちが命を吹き返した。長い間すれ違いを繰り返し微妙にズレてきた家族の軌道を修正し、本当に大切な人が誰だったのかを思い出す。

視点を変えて見てみると、今回の事態は、恵まれすぎていた人間世界において、本当に守るべきものは何なのかという沢山の気づきを与えてくれている。

いつまでこの状況が続くのか検討もつかないけれど、この制限された状況さえも、いつの日にか、また思い出として笑い合えるように暮らしていきたい。

「みんなでトランプでもする?」

息子が古びれたトランプを引っ張り出してきた。

今日の一品 :キューバ風ライス

材料
米  / トマトピューレ / ニンニク / タマネギ / 卵
(オプション:ベーコン、ソーセージ、バナナ等)

(調味料)
オリーブオイル / パプリカ(粉末) / 塩・砂糖 

作り方
普通に米を炊く間にトマトソースを作る。大きめの鍋にたっぷりのオリーブオイルを火にかけ、みじん切りのたまねぎとニンニクを透明になるまで炒めたらパプリカを加える。トマトピューレを加えたらしっかりと煮詰め、塩と砂糖で味を調える。高温で揚げた卵を中央に盛り付ける。

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