小説【アコースティック・ブルー】Track2: I still haven't what I'm looking for #3

 生バンドの演奏があるのは週に二~三回。
 JazzyNightやRockNightのような特別なイベントがある週末は立ち見が出るほど客が押し寄せる。そのため平日の夜は客の数は少ないが、静かな店の雰囲気が好きな常連客も多い。
”シドとナンシー”と店員達からあだ名されている二人はそんな平日夜の常連客だった。彼らはいつも十八時頃にやってくると入口に近いカウンター席に陣取って二~三時間、音楽(特にロック)について熱く語っていく。
 知識が深い二人なので、セイイチも店で顔を合わせると楽しそうに音楽談議に花を咲かせるのだが、酔っぱらってくるとMor:c;waraはここがダメなんだとシドとナンシーの二人が説教を始めるので、決まってセイイチが不機嫌になり、ケンジはその度にセイイチを宥めるのに苦労していた。ケンジは最近この3人には強い酒を出さないようにしている。

 セックスピストルズが好きなわけでも、服装が派手なわけでも、ましてイギリス人でもないのにこの二人が世界的に有名なカップルに例えられるのは、単に彼氏が志度(しど)という珍しい苗字だからだった。

「最近ここもお客さん増えたよね。平日でも満席になることあるし」とシド(志度)。
「いつまで続くか彼と賭けてたんだ。私の勝ちぃ~」とナンシー(本名はさなえらしい)

 賭けに勝ったと嬉しそうに髪を揺らすナンシーにシドはしかめっ面をしながらも、どこか嬉しそうで、そんな二人の会話にケンジは「嫌なことするなぁー」と苦笑いで応じた。

「ライターさんが勝手に記事にしちゃったんだよ。元Mor:c;waraメンバーが経営するバーってさ。
 だけどおかげで客足が伸びたんで、こっちも開き直ってメンバーの写真とか楽器とか展示し始めたってわけ」

 店内の各所にはオフショット写真やCD、ライヴのパンフレットやフライヤーなど、コアなファンにとっても珍しい貴重なアイテムが額に入れられて飾られているほか、カウンター内の一番目立つ場所に音楽賞を受賞した際に贈られた金色のディスクを納めた盾が仰々しく飾られている。
 生バンドの演奏が無い日は来店したお客を少しでももてなそうというケンジの配慮で、ステージ上にMor:c;waraメンバーが愛用していた楽器が展示されている。そんなケンジの営業努力の甲斐もあり、演奏がない日を選んでやって来るMor:c;waraファンも多い。

「今じゃMor:c;waraファンの聖地さ」

 そう言って二人の常連客に声をかけたのはセイイチだった。ドアベルのカラカラと乾いた音色が、店内に流れているBGMのボサノバと混じり合って心地好いアクセントを添える。
「あっ、セイイチさん!」「どうも」と二人が応じると「あんた達いっつもいるなぁー」とセイイチが二人の隣の席に腰を下ろした。「お前もな」とケンジがセイイチの前に水と灰皿を差し出す。セイイチが来るのはいつももっと遅い時間なので、仕事の合間の休憩にでもやって来たんだろうとケンジは理解してコーヒーマシンの準備を始めた。

「ジャックダニエルですか?」

 先日話をした女性スタッフがセイイチに注文を確認する。
 煙草に火を点けようとしていたセイイチは「いや、まだ仕事中だからいいよ」と笑って、挽いたばかりのコーヒー豆の粉末をフィルターにセットしているケンジを指さした。二人のやりとりに気づいたケンジが「じゃあ、代わってもらえる?」と言って彼女を呼ぶと、女性スタッフは「すみません」とはにかんだ笑顔を見せて頭を下げた。

「新人は可愛いねぇ~」

 煙草の煙を吐き出しながらセイイチが言うのを聞いて、ケンジが「手ぇ出すなよ」とかなり真面目なトーンで凄んで見せるので、セイイチは思わず噎せ返った。

「今日はバンドの演奏無しか」
「そう毎日演者が見つかるわけじゃないしね。誰か良い人いたら紹介してよ」
「それはこっちのセリフ」

 二人のやり取りを聞いていたナンシーが「セイイチさん何か演ってくださいよっ」とはしゃいだ様子で声を上げ、シドも一緒になって「Mor:c;wara聞きたいなぁー」と囃し立てる。

「おいおい、冗談はやめてくれよ」

 突拍子もない二人の申し出に困惑しながら、セイイチが何気なく店内に目を向けると、テーブル席に着いている他の客も何か面白そうなことが始まる予感に目を輝かせて二人を見守っていた。

「ケンジ君も一緒に!」
「えっ!俺も!?」

 客の誰かが発した台詞にケンジが狼狽えて素っ頓狂な声を上げる。
「バンド辞めてから殆ど触ってないし、俺はもう叩けないよ……」と自信無さげな発言をしながらケンジがセイイチに不安に満ちた目を向けると、「リズム隊だけじゃな……」と二人は顔を見合わせた。

「Mor:c;waraの曲書いてたのってセイイチさんですよね?
 ギターも弾けるんじゃないですか?」

 告げ口ともとれる発言をしたのは先ほどケンジに頼まれてコーヒーを淹れていた女性スタッフだった。悪気はなかったようだがセイイチが”余計なことを”と恨めしく女性スタッフを睨むと、彼女は申し訳なさそうに目を伏せた。

「そうそう、セイイチ君のギターもあるし、なんかやってみたら?」

 ケンジがここぞとばかりに責任転嫁する。
”このヤロウ!”とケンジを睨んだが、当の本人は素知らぬふりを決め込んであらぬ方向を見ながら客の無茶ぶりを回避できたことにホッとしているようだった。しかしそこでセイイチはふと疑問を口にする。

「俺のギター?」

 Mor:c;waraではベーシストだったセイイチは作曲以外でギターを弾くことは無かった。曲作り用に自分のギターは持っているが、それは自宅か作業場のスタジオにしか置いていない。バンド解散後にケンジに頼まれて、店に展示するためのベースを一本寄贈したことは覚えているが、それ以外はセイイチには心当たりが無かった。

「ほら、あのギター。セイイチ君がくれたやつだよ」

 そう言うとケンジがステージ脇の音響機材が集められた一角を指さした。そこには年期の入った古いアコースティックギターが一本立てかけられている。セイイチはそれを見て「ああー」と思い出したように唸った。

「あれは俺のギターじゃねぇよ」
「えっ、じゃあ誰のギター?」
「さぁ、俺も知らねぇ」

 妙に素っ気なく、何処と無く不機嫌そうに答えるセイイチ。その剣のある物言いに、ケンジはセイイチの心の変化を敏感に感じ取った。

「スタジオに置いてあったんだよ。
 イチロウのでも無いらしいけど、捨てるわけにもいかないから、会社で保管してたんだ。お前が店に飾るギターを探してるっていうから、譲ったんじゃねぇか」
「へえ、そうだったの」

 平坦な返事をして平静に振る舞いながらも、ケンジはセイイチの感情の揺れを気がかりに思っていた。

「え、なになに?何なのそのミステリー?」

 セイイチの様子の変化に気づく筈もなく、ナンシーが面白そうに肩を揺らす。しかしセイイチは何も答えず無言のまま煙草をふかしているので、ケンジはセイイチがそれ以上語りたがらない理由に思い当り、追及するのをやめた。

「どうぞ。コーヒーです」

 注文していたコーヒーが淹り、女性スタッフがセイイチにコーヒーを差し出す。「おっ、サンキュ」と言ってそれを受取ると、セイイチは短くなった煙草を灰皿に押し付けて「じゃあ、またな」とケンジに声をかけた。

「あとでスタジオにも出前してくれ」
「蕎麦屋じゃねぇっての」

 セイイチが店を出ると彼等の演奏に期待を寄せていた客達の残念そうな溜息が漏れた。店内はいつもの平日の夜と同じように落ち着いた雰囲気を取り戻した。



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