小説【アコースティック・ブルー】Track3: Time After Time #3

 開店までにはまだずいぶん時間がある。
 ケンジが来るのはいつも夕方4時頃だし、照明の点いていない薄暗い店内は、昼間といえど少し寂れた物悲しい雰囲気がある。ただそう感じてしまうのは自分だけなのかもしれないと彼女は思った。

 初めてこの店に客として訪れた時、あのギターがここにあるのが彼女には信じられなかった。
 Mor:c;waraメンバーの楽器とは違って、店内のインテリアとして飾られているだけの古いアコースティックギターは、ずっと前に友人に預けたきり戻ってこなかったそれとよく似ている。
 このギターが同じ物だという確信は持てないが、ケンジの経営するバーにあるというのは見過ごせない事実だった。
 それに先日のセイイチが見せたあの反応。誰のギターなのかについて詳しく言及しなかったのが、自分の思い過ごしではないという考えを補強してくれているような気がした。

 手近な椅子を引き寄せると、ギターを持ち上げて膝の上に乗せる。ネックを握った感触やボディーの重みのしっくりくる感覚にどことなく懐かしさを感じながら適当なコードを押さえて弦を鳴らすと、誰もいない店内にアコースティックギターの柔らかい音色が響いた。
 何度も聞いたことがある優しい音に胸の奥を熱くする。
 記憶の中と違うのは音の広がりが少し弱いくらいだろうかと感じたが、それが何故なのか、その理由も彼女には解っていた。

 二年前のあの夜、タスクが歌ってくれたあの曲は、今では空で歌えるほど耳に馴染んでいて、はじめて歌ってくれた日のことも鮮明に思い出せる。しかし思い出すたびに途方もない寂しさに襲われるのは、彼女自身が二年前のあの日から未だに立ち直れていない証拠でもあった。

 ギターを触ったのはいつぶりだろうか?あの日以来、音楽からは遠ざかっていて、正しくコードを押さえられるかどうかも不安だったが、体がまだ覚えているような気がした。
 記憶の糸を手繰りながら歌声に合わせてぎこちなく指を動かしていくと、自分でも驚くほど自然にメロディーが生まれてくるので、ユウコは知らず知らずのうちに涙を流していた。



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