小説【アコースティック・ブルー】Track3: Time After Time #2

 ツアー最終日まで残すところあと3日。
 完成した舞台装置の点検作業も終わり、演出プランの最終確認が行われていた。
 ステージの背景を巨大なLEDのモニターが占拠していて、楽曲に合わせて映像が目まぐるしく変化する。モニターは真ん中で割れて二つに分かれる仕掛けになっていて、ステージの左右の壁に沿うように扇型にスライドして中央が開ききると、もうひとつ小高いステージが奥から迫り出してくる。

「おおーっ、マジこれ!? ヤベェ! 俺がやるの?」

 第二のステージの中央にはモニターと同じくらいの高さのタワーが聳えていて、タワーの天辺に設置されたお立ち台の上でTASKが燥いだ声を上げた。興奮が抑えきれないといった様子でウキウキしながら観客席を見下ろしているが、腰が引けた状態でお立ち台に設置されている手すりに縋りついている姿が下のステージに立っているSEIICHIからでも見える。
 それもそのはずだ。ライヴ終盤でTASKはここからダイブする。

「何だよ、ビビったか?」
「いや…… 想像してたよりも高いからさ――」

 不安げな口振りながらも表情は半笑いで、SEIICHIを見下ろすTASKはやはりこの状況を楽しんでいるようだった。

「ツアーのラストは派手に飾りたいって言ったのはお前なんだからな」
「まさか、空を飛ぶとは思ってなかったけどね」

 TASKにとっては不安よりも期待の方が大きいのかもしれない。舞台装置を見つめる目は新しいオモチャを貰った子供のように輝いている。
 忙しいツアーのスケジュールの中、新譜のレコーディングも重なり、メンバーやスタッフ達は少なからず疲弊してきていた。そんな中でTASKの身に起きた不幸を告知するのは、更なる重荷をみんなに背負わせることになりかねないと、TASKの意向でツアーが終了するまでは伏せておくことにした。
 いつも通りに振る舞うと決めたTASKの様子は、その言葉通り特別に大きな変化は無いように見える。むしろ以前にも増して前向きになったのではないかと思えるほどだった。
 スタッフが「もういいですよ」と声をかけると、TASKはどこかホッとしたように、それでいて残念そうに肩を落としながら、タワーの裏に設置されている急な階段を降りてきた。そのままステージの中央まで進み出ると、観客席を真正面に見据える形で仁王立ちになる。
 眼前に広がる壮大な空間の隅々までを記憶に焼き付けようとしているのか、まだ誰もいない空白をジっと見つめたあと、大きく息を吸い込んで目を閉じた。
 TASKは今、ライヴの熱狂と興奮を思い描いて緊張しているのかもしれない。
 観客から押し寄せるエネルギーの波動を受け止めるだけでもとてつもないパワーが必要になるのに、その波動を自分達の奏でられる最高の音に乗せて返すにはもっと大きな力が必要になる。それを思うだけでSEIICHIは毎回足がすくむ。
 チケットはSOLDOUT。身が引き締まる思いがした。

 観客席に対峙したまま時間が止まってしまったように微動だにしないTASKの背中が一瞬、やけに寂しそうに見えた。力なく肩を落としているようにも見えるその後ろ姿にSEIICHIは言い知れない不安を覚える。

「なんだ、緊張してんのか?」

 半ば茶化すように声を発したのはTASKの纏う空気に嫌な予感を感じたからだった。無言のままTASKの背中を見つめていたら、得体の知れない不安感が正体を現わしてしまうよな気がして恐ろしかった。

「そりゃするだろ、一万四千人だぜ」

 振り返ったTASKの表情は依然として和やかで、不安そうな様子はないように見えたが、少し寂しそうな目をしている気がした。

「これが最後になるかもしれないしな」

 SEIICHIは自分の心臓がハッキリと音を立ててビクンと跳ね上がるのを感じた。

「縁起の悪いこと言うんじゃねえよっ」
「怒んなよ、冗談だって……」

 TASKにとってはステージに立てる最後のライヴになるかもしれない。それはSEIICHI自身もずっと前から危惧していたことだったが、本人がそう口にすると紛れもない現実となって眼前に突き付けられた思いがする。
 逃れようのない運命に抗う術が無いという事実がSEIICHIをイラつかせ、思わず発する言葉に感情が混じってしまった。冗談だといじらしく笑顔をみせるTASKの表情に、SEIICHIは自分がとことん情けなくなり、何もしてやれないことに益々苛立ちを募らせていく。

「でもさ、もし……」

 TASKが急に寂しそうに視線を落とした。

「――もし本当に……」

 俯いたまま言い淀むTASKの横顔には不安が色濃く滲んでいる。言葉を探しているようにも見えるが、この先に続く台詞は、きっとSEIICHIにとって好ましくないものだろうということだけはハッキリと想像できた。

「これが本当に最後になるなら―― 
 ……いいライヴにしような」

 そういってSEIICHIに向かって視線を上げたTASKの目には、この上ない優しさが浮かんでいて、驚くほど穏やかな表情をしていた。
 近い将来に待ち受ける華々しい未来を素直に期待しているのか、それとも全てを諦めてしまったのか、その真意は計り知れなかったが、SEIICHIはまっすぐ自分を見つめるTASKの眼に思わず胸の奥を熱くした。
 あの時のTASKは努めて気丈に振る舞いながら明るい表情を見せていたに違いないが、目の奥に宿る光には不安が滲んでいるのがSEIICHIには解っていた。
  いや、あれは不安というよりも恐怖だったのかもしれない。



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