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【サーフィン小説】ビジタリズム|22話

<21ラウンド目 ツイン

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22ラウンド目 症候群

2階のバルコニーからビーチへと伸びる階段を降りると、マチャド頭が、シャッターが半分開いた倉庫の入り口に手をかけてスマートフォンをいじっていた。

「あ、すみません、お待たせしちゃって」

恐縮して頭を下げると、マチャド頭は顔を上げ、力丸に向かって親指を突き出した。

「全然オッケーすよ。餃子、食べました?」

「あ、いや、まだです。後で食べようと思って」

「早くしたほうがいいすよ。オッキーさんとかが大量に買ってっちゃうすから」

「え?あ、ああ……」

(それはありえそうなことだなあ)

力丸が合点がいったように頷くのを見ると、マチャド頭は少し驚いたように目を見開いた。

「前野くん、オッキーさんのことも知ってるんすか」

「え?いや、まあ、知っているというほどのことではないんですけど……」

力丸は多くを語らなかったが、ナミノリに加えてオッキーのことまで知っているらしいという事実のせいか、その瞬間から、マチャド頭の力丸を見る目が変わった感覚があった。

しかも、彼の雇用主である鬼瓦からは仕事の発注までされているのだから、もはや単なる一見の客としては見ていないのは確実だろう。

そしてそれは同時に、もはや117シェイプスのボードをオーダーしないほうが不自然な状況へと追い込まれているとも言えた。

「そしたら、免責事項読んでもらって、ここに名前と電話番号を書いてもらっていいすか?」

力丸の目の前の紙は、体裁上、単なるデモボードの貸出票でしかないはずだったが、力丸は、それにサインすることは117シェイプスを買う契約を結ぶことと同義に思えた。しかし、それでもいいと感じているのも事実だった。

もう、心のどこかで買うことを決めている自分がいる。あとは、誰かがほんの少し背中を押してくれればいいのだ——

貸出票に必要事項を記入し終わるのを待って、マチャド頭がポケットソケットを差し出した。

「今乗ってるボード、どのぐらいボリュームあります?」

「え?ええと……」

正直なところ、自分のボードのボリュームなど覚えていなかった。ディメンションの中でちゃんと覚えているのは5'6"という長さだけだ。

「たぶん、前野くんのボードよりボリュームあるすけど、それぐらいでちょうどいいすよ。フィンはFCSすか?」

「あ、はい」

「よかった、じゃあフィンは自分の付けてもらう感じで。こいつでいい波乗っちゃってください」

「あ、ありがとうございます」

手渡されたポケットソケットは、デモボードとはいえまだ新しいらしく、少し黄ばんできた力丸のマイボードと比べると輝いて見えた。

小脇に抱えると——バイアスがかかっている感は否めないが——その瞬間から驚くほどしっくりと馴染んでいるように感じられる。

力丸は、期せずして新しいボードに乗る機会を得たことに密かな興奮を覚えながらも、一方では自ら暗示をかけていることを冷静に自覚していた。このボードが悪いボードであるはずがない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、という暗示である。

ともかく、いつの間にか、このボードに早く乗ってみたい、という気持ちが芽生え、2ラウンド目へのモチベーションが俄然高まっているのは紛れもない事実だ。

力丸は、ビーチからワイプアウト会員専用・・・・・・・・・・の駐車場へと続く階段を目指した。

と、その時。

視界の端に、ビーチでは見慣れないものが動くのを捉えた。

力丸から100mほど先、南端のピークの正面となる辺りで蠢く青っぽい塊は、紛れもなく警察官だった。

力丸はどきり、として足を止めた。あれは、十中八九、オッキーだろう。階段に足をかけたまま、オッキーらしき人物に目を凝らす。

(ビーチで何を……?)

両手に何かを持ったまま、俯き加減にビーチを徘徊するその姿に、力丸は本日二度目の衝撃を受けた。

オッキーが手にしているのは、大きなビニール袋とトングだ。そのことが意味することはただ一つ。オッキーは、たった一人で万里浜のビーチクリーンを行っている、ということだ。

これは、ある意味オッキーが警察官である、という事実よりも驚きが大きかった。

それが警察官の公務なのか、自主的な行動なのか(その場合、公務をサボっていることにはなるのだが)は不明だが、兎にも角にもオッキーは黙々と万里浜のゴミを拾ってはゴミ袋に納めていた。

その姿を10秒ほど眺めていた力丸は、ある不思議な感覚に包まれた。

(あれ、これってなんて言うんだっけ……確か、ストックホルム症候群だったかな)

凶暴だと思っていた人物の意外な一面に触れたことで、むしろその人物のことを好意的に捉えてしまう——

(いや、決していい人だなんて思ってないぞ)

力丸は首を振って自分自身を否定し、改めて階段を登った。しかし、和虎のいう通り、そんなに悪い人物ではないのかもな、と思うには充分の光景だった。

〜〜つづく〜〜

ビジタリズム
作=Ario Ike/池 有生
イラスト=ミヤタジロウ

ある時、ふたりのサーファーが初めて訪れた「万里浜(まんりはま)」。そこは、異色のサーファーたちがひしめくワケありのポイントだった!?クセの強いローカルサーファーに翻弄されつつも、そこで割れる最高の波、そして人々に、ふたりは徐々に惹きつけられていく——

ビジターサーファーの視点を中心に、ポイントで交差する様々なサーファーたちを描く、日本初?のリアルサーフィン群像劇。

ビジタリズム(visitorism)」とは、ビジターサーファーとしての振る舞いや考え方を意味する造語。決して「ローカリズム」と対立するものではなく、それぞれ海への距離感は違えど、最終的にはサーフィンを通じてリスペクトし合える世界を実現したいという祈りも込められています。


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