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【so.】細田 直己[昼休み]

 ヨシミが駆けていったので少し距離を取りながら渡り廊下へ出ると、選択授業を終えて戻ってきたらしい面々が軒並み立ち尽くしていた。どうも誰かが自殺したらしい。

「人じゃない!」

「みんな安心して、これは人体模型です」

 伊村委員長の安全宣言が出て、落ちた正体は制服を着せた人体模型なんだと分かった。誰の仕業だろう。いい趣味をしているなと思った。それでもヨシミからまた問い詰められては敵わないので、ワタシは足早に校舎へ入ってトイレに飛び込んだ。少し間を置いて教室へ戻れば、きっとホームルームが始まっているだろう。時間つぶしに1時間目以来で裏サイトを覗いてみたら、ワタシの書き込みの後に次の書き込みが加えられていた。

「やってやるやってやるやってやるよ見とけよ」

 書き込んだ時間は2時間目の終わりの方。これは、さっきの人体模型を落とすっていうバカバカしくチンケなイタズラの予告か? すると同じクラスの奴の犯行になる。考えてみれば年末のサトミの自殺にしこりを感じている人間がいるだろうから、その辺りが怪しいなと思った。埋田山浦? サトミは…4時間目にいたからな。大和にそんな度胸があるとは思えないし。
 トイレから出て教室へ戻ろうとしたら、校内放送で体育館へ集合するよう流れた。ワタシは引き返して体育館近くのトイレに隠れ、移動があらかた終わった頃を見計らって体育館の列に加わった。


 案の定、校長の話をするとかで、登壇した校長は挨拶もそこそこにさっきの事件について語りだした。

「先ほど、4時間目の終了時に起こりました出来事について、ご存知の方もおられることと存じます」

 うちのクラスの全員は知ってるんだから、うちのクラスは集会免除で良いんじゃないか。

「ご存じない方のためにご説明いたしますと、本校の制服を着せられた人体模型が、屋上より落とされるという出来事がありました」

 知っている。まったく驚きのない、既知の情報。もっと新鮮な、ワタシの知らない刺激的な物はないのか。こんな腑抜けた学校に刺激を求めても無駄だって理解しているけれど、人体模型を落とすのは久しぶりに刺激的だったんだ。


 集会が終わって皆で教室へと歩きながら、ヨシミたちは山浦犯人説を唱えている。山浦ならやりそうだなと思えたし、だとしたら「ブスのくせにやるなあ」と思わず感心してしまった。これほど陳腐なのに痛快なやり方があったのか。楽しませてもらったわ。ただワタシなら犯行がバレないようにやる…と考えていたら、どぎつい一言が耳に入った。

「ホントに死ねば良かったのにねー」

 ヨシミがさらっと言ったブラックジョークに、埋田が過剰に反応した。

「アンタが死ねば良かったよ」

 そう言ってヨシミの頬をビンタして去っていく。なんだこれ楽しい!

「それはないわ。見損なったわ」

 続いて捨て台詞とともにのりんと金魚の糞どもが去っていく。笑い出したい気持ちをぐっと堪えて、頬を抑え佇むヨシミの背中を、とりあえずワタシは撫でてやった。こうやって味方アピールしてポイントを稼いでおけば後々有利に働くはずだし、4時間目の追求もなかったことになるかもしれない。それに、ワタシには今の出来事で王位が変わるとは思えない。

「教室、もどろ?」

 神保までこの場に残り、ヨシミを待って声をかけた。せっかくワタシの売っている恩の濃度が薄まるじゃないか。なおも動じないヨシミに対し、「困ったね」といった体の苦笑いを神保に見せつけながら、とっとと去れと念じてみる。しかしその思いは伝わらない。割合に早くヨシミは歩き始め、ワタシと神保はその後ろを無言でついて教室に戻る。ワタシはスマホを取り出し裏サイトを開くと、こう書き込んだ。

「田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」

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