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【so.】三条 宗雄[昼休み]

 確かに何かが衝突したような強い音と、その後に響いた女子の悲鳴。昼休みに入ってすぐの気の緩みなど微塵も許してはくれない事態らしい。どうも渡り廊下の方から聞こえてきたようで、走り出すと埋田栗原が渡り廊下から校舎へ入ってきたのが見えた。

「埋田! 栗原! 教室に戻ってろ!」

 そう叫びながら渡り廊下へと飛び出すと、岡崎がカメラを片手に写真を撮りまくっているのが目に入った。

「おいっ! 教室に戻れ!」

 岡崎の方へ向かって、全員に言い聞かせるつもりで大声を出した。制服を着た人体のようなものが散らばっている。ともかくこの場から一刻も早く生徒を遠ざけないといけない。傍らに委員長の堀川が立っているのを見つけると、近寄って言った。

「教室で待機だ! いいか堀川、指示があるまで全員を教室から出すなよ」

「は、はいっ」

 堀川は情けない返事をして校舎へと消えていった。俺の様子を見て察した他の生徒も全員が校舎へと入っていく。怪我をしたような生徒は見あたらない。見上げると、校舎の窓から3年生や1年生たちが顔を覗かせている。

「見るんじゃない! 教室に入ってろ!」

 怒りに任せて叫ぶと、2階や3階の窓から飛び出していた顔がすべて引っ込んだ。周囲を見回してももう生徒の姿は見えない。

「マジかよォ!」

 この焦燥を叫ばないと平静を維持できない。先月に郷の死体を下ろしたばっかりだ。なんでまた俺が死体を確認しないといけないんだ。クソが。
 まぶたを閉じて歯を食いしばって気合を入れると、死体に近づいてまぶたを開いた。

「…なんだこりゃ?」

 長い黒髪からは、顔の半分だけが筋肉や眼球のむき出しになったグロい人面が覗いていたものの、どう見ても人間ではなかった。かつらを被せて制服を着せた人体模型じゃないのか、これは。

「三条先生ー。それ、マネキン?」

 体育の石堂先生がパンを齧りながら近づいてきた。パンを買えたのか。細川と不毛な面談をしていてタイミングを逃してしまった。

「生徒じゃないです。良かった。でも、やったのは生徒かもしれません」

「手が込んでますもんねー。心当たりあります?」

「ちょっとすぐには思いつかない…」

 言い淀みながら、頭の中には山浦の不敵な笑みが浮かんでいた。


 石堂先生や、やって来た葵先生たちと散らばった人体模型のパーツを拾い集めて職員室へ運ぶと、校長が青白い顔をして待っていた。

「いったい何が起きたのです?」

 震える声で尋ねる校長を宥めるように、俺は丁寧に答えた。

「制服を着せられた人体模型が、渡り廊下に落ちました」

「人ではないのですね! そ、それで、怪我をされた方は?」

 まずい。きちんと確認しなかった。それでも地面に血なんか落ちていなかったし、誰かが怪我をした様子はなかった。

「幸い、おりませんでした」

 平然と答えてから、青江井上曽根に両肩を抱かれて校舎へ消えていく姿を思い出した。ああ、もう、あとで確認しないといけないことが増えたじゃないか。

「いったい、誰がこのような事を…」

「調査します」

「まさか、本校の生徒の仕業ということは…?」

 食い下がるなぁ婆さん。俺は答えない。この件を明らかにするつもりはないぞ。

「先生がたや、部外者が行ったとでも?」

「すべての可能性を考え、調べますので」

 明言を避ける俺に業を煮やしたのか、校長は石堂先生に尋ねた。

「石堂先生はどう思われますか?」

「残念ながら、生徒の仕業でしょう」

 筋肉バカめ。

「三条先生、よく、よく、調べてくださいね」

「…心得ました」

 すぐに教頭が全校放送を入れて、体育館へと移動することになった。山浦以外の仕業を考えられないが、だとするとアイツは既に帰ったんじゃないのか。誰が起こした事件か明らかにしろと迫られても、それを明らかにするとイコール俺の責任が浮かび上がってくるジレンマ。山浦は最後までコケにしやがった、クソガキが!
 全校生徒を集めてまで退屈な話を校長がご披露している間、我々教師陣は立ってその話を聞いていなければいけない。腹が鳴り、俺はパン屋が帰っていないことを願っていた。


「一回教室に戻るようにみんなに伝えてくれ。パン買いに行ったりしないように」

 集会が終わると堀川へ駆け寄り、新藤を念頭に置いて言った。生徒が体育館を出て行くのを見送りながら、教師陣は教頭に集められた。

「このままホームルームをしてください。5時間目をお昼休みの代わりにしましょう」

「では、生徒のために、パン屋に待っていてもらうよう伝えてきます」

 我ながらいい思いつきを口にした。

「お願いします」

 これでおおっぴらにパンを買えるわけだ。


 昼休みになったというのに誰もパンを買いに来ないので、ハセベのおばちゃんは不思議に思いつつ、昼休みが終わるまではと思って待っていたらしい。俺はソーセージドッグとフィッシュカツサンドとフルーツサンドを買い、5時間目まで生徒を待ってもらうように頼んだ。おばちゃんは快く引き受けてくれて、俺はさっき石堂先生が買ったせいで残り1個だった最後のフィッシュカツサンドを齧りながら、スマホでクラスの裏サイトを開いた。

「やってやるやってやるやってやるよ見とけよ」

 という書き込みの後ではきっと人体模型の件で新たな書き込みがあるかと思っていたが、それには触れられず、不穏な2件の書き込みが増えていた。

田口もたまにはいいこと言うわ。ホント死ねば良かったのに」

「それじゃあまずあんたから殺してやるよ。特定したぞ」

 ダメだ、これはダメだ。勘弁してくれ! これ以上、問題を起こさないでくれ! 俺はフィッシュカツサンドを全部口に放り込んでむせ返った。


 一発レッドカードは避けなければいけない。クラスに全員揃っている今がチャンスだ。致し方ないが全員にこの裏サイトの書き込みを知らせて、より最悪な事態を回避する。捻り潰せる芽は捻り潰す。少なくとも4月になってこのクラスの担任から外れるまでは、何としてでも揉み消してやる。大丈夫、俺ならやれる。乗り越えられる。パンの入った袋の口を縛って、深呼吸すると教室へと入った。

「いまからホームルームを始める」

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