【so.】橘 ひろ子[昼休み]
タイラーと警戒しながら1階まで階段を降りて、渡り廊下へ出たら時が止まっていた。そこら中に散らばっている物の所為だってことはすぐに分かった。
「人じゃない!」
伊村さんが落ちているものの側で叫んで、さらに部長がそれは人体模型だと皆に説明をした。制服を着せた人体模型が落っこちてきて、バラバラに飛び散ったらしい。岡崎さんは夢中になってあちこち写真を撮っている。渡り廊下には私たちのクラスの人しかいなかったけれどその反応は、人体模型の破片をいじりに行く人、それを無視して教室へ戻る人、なおも動けない人の3種類に分かれていた。もじゃがひとりで教室棟へと入っていくのが見えて、私はそれを追いかけた。
「おいっ! 教室に戻れ!」
後ろで三条先生の叫び声が聞こえた。そういえば、三条先生に会いに行った3時間目の後、もじゃとタイラーとそねちゃんに何があったんだろう。タイラーがあんな感じだったから、私は何も知らないまま。やっぱりもじゃに聞いてみないと何も分からない。
「もじゃ!」
小走りでやっともじゃに追いついて横へ並んだら、もじゃが変な声で言った。
「ヒロさーん」
私は横に並んで歩きながら、3時間目の後のことや、そねちゃんの事について聞いてみた。けれどもじゃはそれに答えず、うわーんと泣き出してしまった。私はそれ以上何も聞かずに、ただもじゃの背中をなで続けた。思えばいつもおちゃらけている彼女の泣くのは初めて見る。教室へ着くまでにもじゃはひとしきり泣いた後、満足したみたいに涙を拭いた。
「ヒロさんありがとう」
「いいよー」
教室へ着いて自分の席について、だけどこのままお昼ごはんってわけじゃ無さそうなことは雰囲気で悟った。ギョッとしたのは、遠くでタイラーがお弁当を食べようとしていたこと。すぐにもじゃが注意して止めたみたいで、安心したけれど。
3つに分かれた選択授業を終えて、クラスの全員が既に着席していた。そう思ったけれど、山浦さんだけが戻ってきていなかった。
「臨時の全校集会を行います。生徒の皆さん、教師の皆さんは至急、体育館へ集合してください」
ホームルームくらいで終わってほしかったけれど、語りたがりの校長先生はすぐに全校生徒を集めたがる。まあ、あれだけセンセーショナルな出来事が起こってしまうと、さすがに、ね。
「山浦がいなくなってない?」
体育館へと歩いていたら、大和さんが福岡さんに喋っていた。ひとり戻ってきていないことから、人体模型落下事件がこのクラスの人間の仕業なら、それしか結末はないように思えた。
「ヒロさんはさあ」
いつの間にか横を歩いていたそねちゃんが声をかけてきた。
「真相はすべて、明らかにしたいと思う?」
人体模型のことか、それとも3時間目の後のことか、そねちゃんの質問の意図がすぐに掴めなかった。
「少し考えてみてもいいかな?」
「いいよ」
そねちゃんは軽く頷いた。そのまま私たちは無言で体育館に整列した。
冷たい床に座らされて、校長先生のお話が始まった。私の頭の中ではそねちゃんの問いかけが反復されていた。
「…姉妹のような関係であってほしいと常々わたくしは望んでおりました。天の主の代わりとなり、慈愛の目で皆さんに接していたつもりが、それが至らなかった」
ぼんやり聞いていた校長先生のお話の内容に、主が登場するまでにそれほど時間はかからなかった。
「先月の出来事のあとで、わたくしは深い懺悔の気持ちを抱え年を越しました」
先月の出来事って、郷さんの自殺のことか。私はそのことだって、ろくに事情を知らない。
「本年は皆さんに、天の主のより一層の愛をもって接する…」
山浦さんが今日の犯人だとするなら、郷さんの自殺も関係しているんだろう。思えば1時間目に彼女は三条先生と面談を行ったはずで、それを受けての人体模型だったのか? 2時間目は生物で、人体模型が置いてあったのはきっと生物準備室。3時間目の体育には彼女の姿はなかった。考えていけば色々と辻褄の合うことが多くて、状況証拠だけで山浦さんの犯行だと述べることはできそうだ。あとは本人に確認すればすべて分かることだけれど…。
「真相はすべて、明らかにしたいと思う?」
さっきのそねちゃんの一言が響く。その真相を知った所で、私はそれで満足出来るのか。その真相を知った所で、私には何も出来ないんじゃないのか。キッカケを知っていたら、私は郷さんの自殺を止められたのか。
なんてことだろう。私に関わりのない真相を知った所で、私には何も出来なかった。J-MENのヒカリ兄妹のような特殊能力など持たない私にとって、蚊帳の外は蚊帳の外なんだ。蚊帳の中の異変に気づいたとして、蚊帳に入っていけるような人間じゃないことは、自分自身一番よく分かっているじゃないか。だからさっきのそねちゃんの問いかけに対する答えはこうだ。
「私の関与できることだったら」
全校集会が終わって、廊下を歩くそねちゃんに私の答えを伝えた。
「さすがヒロさん。同感だよ」
この人、こんな素敵な笑顔をするんだなって思った。私はもう3時間目の後のことを尋ねることはやめた。きっとそれは私には関係のないことだから。
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