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【so.】川部 心[3時間目]

「今日の体育は小ホールで卓球だそうですー!」

 委員長の言葉に救われるような思いがした。小学校は卓球クラブで、今も近所の卓球場に通っている私には稀有な得意種目。バレーボールでレシーブが出来ずに白い目で見られたり、バスケットボールでパスを受けてはトラベリングを取られたりといった恥をかかないで済むのだ。団体種目と球技は大の苦手な私が唯一得意といえる球技、それが卓球。

「体育というのは、我々のような知的生命体には不要な教科だとは思わぬか、川部氏」

 着替えて廊下を歩きながら、荘司氏は同意を求めてきた。基本的には同意するけれど、卓球だけは例外でお願いしたい。

「私、卓球は得意なのですよ」

「なぬー! まさかの川部氏のスポーツマン発言! もはや川部氏がTASUKE出場者のように見えますぞ」

「TASUKEは出るものじゃない。出場者の筋肉を愛でるものです」

「ぬう。その領域へはちょっと踏み込めませぬ…」


 小ホールは、何人か足りないような感じだった。

「今日は寒いから暖房の効いた小ホールで卓球だ。喜べおまえらー。って、何だ少ないな今日。まぁいいや。トーナメントやるぞー」

 体育の石堂先生が声を張り上げる。その胸板の厚さ! これを担任の三条先生とのカップリングで見てみたいという欲望を抑えることが出来ないもどかしさ! いけません。冷静に冷静に。
 卓球トーナメントのくじ引きの結果、私は3つのブロックのうちCブロックに割り振られ、最初の相手は福岡氏となった。

「どーやんの?」

 半笑いで尋ねてきた福岡氏に簡単にルールを説明し、試合をしてみたけれど、あっという間に勝ってしまった。

「スゲーじゃん」

 福岡氏はずっと半笑いだった。でも、こういう扱いをいちいち気にしていたら心が病むことに、中学の時に気がついたのだ。心を波立たせないように意識をした。

「敗退しました、川部氏ー」

 荘司氏がすぐにやって来たのだけれど、私は次に大和氏と対戦だ。トーナメント表をちらりと見てそれを察した荘司氏は手持ち無沙汰そうで、審判を引き受けると言った。

「川部さんよろしく~」

 対戦してみると大和氏は、福岡氏よりはまともに打てるものの、所詮は温泉卓球レベルで、やはりあっさりと勝ってしまった。

「川部さんつよーい。今度教えてよ」

 そう言って去っていった大和氏。

「次って、あるんですかね」

 ぼそっと荘司氏がつぶやいた同じことを私も思った。

「川部さん、マジでやっていい?」

 次の相手、中島氏。どうしてそんなことを言うのか。本気を出すからあっさり倒すという宣言のつもりだろうか。運動部の人は、無意識に文化部の人間を下に見ているような気がする。

「では私も」

 本当なら最初に福岡氏に負けてあげた方が、そのまま荘司氏と喋ったり石堂先生の胸板を観察出来たのだけれど。カースト最下層にいる私にも人並みのプライドはあったようで、中島氏相手に本気を出したら、ラリーすらさせずに一方的に勝ってしまった。

「川部さん、びっくりした。すごいわ!」

 そう言って中島氏はからっと笑って去っていったが、少なくとも私の闘争心に火はついたままで、こうなったら絶対に優勝してやるぞと心に決めた。
 準決勝はA、B、Cの3ブロックを勝ち上がって来た和泉氏田口氏、私の3人がそれぞれ戦って、上位2名で決勝というはずだったが、最初の和泉氏と田口氏の対戦で、田口氏が一方的に敗退を宣言したので、私と和泉氏の決勝戦ということになった。いつの間にか台の周りに何人か集まり、試合の行方を楽しみにしていた。

「意外な決勝戦だな。頑張れよ!」

 先生は楽しそうにそう言った。私がここにいるのはもちろん意外だろうが、相手として和泉氏がいることも私は意外だった。バスケットボール部の神保氏か、ソフトボール部の新藤氏あたりが勝ち進んでくるかと思っていたから。
 和泉氏は確かにデキる相手だった。カットした球も返してくるし、いいラリーが何度かあった。けれどどこか集中出来ていないような様子があって、フェイントにことごとく引っかかってくれた。

「川部! 凄いじゃないか!」

 先生は嬉しそうで、皆に拍手を求めた。和泉氏は私に負けたのがショックなのか、呆然としていた。ちょっと胸の高鳴りがしばらく収まりそうにない。クラスではなるべく目立たぬよう努めて過ごしてきたというのに。
 けれど私には分かっている。どうせ次の時間になればこのスポットライトは取り払われて、私は同じ階層へと帰っていかなければいけないのだ。

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