【so.】堀川 国子[2時間目]
廊下のロッカーを開けて現代文の教科書を入れ、生物の資料集を取り出した。次は生物室で授業だから、もうほとんどみんな行ってしまったらしい。私が購買で消しゴムを買って戻ってくると、まことが教室で待っていてくれたみたいで、慌てて生物の準備をしたところだ。それなのに、今度はそのまことが廊下へ出てこない。何か話し声がするみたいだ。もうすぐ授業が始まってしまうじゃないか。私がちょっと強めにロッカーの扉を閉めると、まことはのっそりと外へ出てきた。
「まこと、何か話してたの?」
「えっ、なんにも」
「そ。じゃ、行こう」
まことはいつものんびりしているから世話が焼けるなと思う。中高一貫校だからもう5年近い付き合いになっているので、同学年でも妹のように思えてくるのだ。
「まことは進路決めたの?」
来月に進路相談があるのを思い出したから、唐突に尋ねてみた。
「や、なんにも」
やっぱり。
「4月から3年生でしょ? そろそろ決めなきゃ。まことはボーッとしてるから心配」
来年の今頃はもうセンター試験の直前なのだ。このコは本当に大丈夫なんだろうか。
なんとかチャイムまでに生物室へ着いて、私はいつもの左後ろのテーブルへ向かった。向かいの大和さんも隣の山浦さんもスマホをいじっている。この人たちも大丈夫なんだろうか。
授業はメダカを顕微鏡で観察するという簡単なもので、島田先生がしっかりしていないから、話し声があちこちから聞こえてきた。私は黙々と顕微鏡にメダカを乗せて、配られたプリントにスケッチを書き込み続けた。それでも大和さんは、まだ授業中はちゃんと観察に参加してくれたけれど、山浦さんに至っては顕微鏡をしばらく覗いただけで、あとはスマホをいじっていた。やる気のない人が混じっているとどうしたって不愉快になる。うちの学校は歴史と伝統と立地は立派だけれど、郊外の進学校に押されて毎年定員割れしているらしい。だからこんなやる気のない人まで交じるのかしら、とみっともなく感じるのだ。
授業が終わってさっさと席を立って廊下を歩いていると、橋本さんが声をかけてきた。彼女はバドミントン部だけれど勉強も良くできるから、気の許せる相手だった。
「堀川さんさ、年末の件、詳しいこと知ってる?」
冬休み中、ずっと考えないようにしていた事だった。
「私はよく知らない。何か知ってるの?」
「さっき細田さんから聞いただけなんだけどね、田口さんが原因なんじゃないかって」
「そう細田さんが言ってたの?」
「ううん、そう和泉さんに言われたんだって」
「原因って?」
「細田さんは黒幕だって言ってたけど…どういう事かよく分からないの」
「噂話なの?」
「ぜんぜん分からないんだけど、年末から私も怖くってさ…」
「本人に確かめたの?」
「いや、それはさすがに…」
「わかった、あとで聞いてみる」
物事ははっきりさせなくちゃいけない。みんな無かったことのように目を伏せているけれど、クラスの事だもの、委員長の私が踏み込まなければいけないのかもしれない。
次の時間
前の時間
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?