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【so.】橋本 忠代[2時間目]

「終業式のアレって、パン屋のことでしょ! 終業式なのに間違えてパン屋が来ちゃって、廃棄にするのも勿体無いからってことで、無料でパンをもらった奴がいるらしい!! それがタグっちゃんだったってこと!?」

「お前はパンのことばっかだな!」

 新藤さんのボケ?にすかさず中島さんが突っ込みを入れる、ソフトボール部の名コンビ。

「サトミちゃんのことでしょー?」

 その掛け合いを無視するように、細田さんはなおも続ける。

「なんかいずみちゃんが言うには、ヨシミが犯人とかって噂があるらしいよ? 怖くない? 信じられなくない?」

「やめなよ」

 中島さんがピシャリと言い切って、次々外へ出て行った。私は思わず個室のドアに耳を当てて聞き耳を立てていた。田口さん犯人説について、和泉さんに聞いてみた方がいいのかもしれないけれど、和泉さんとは話したことはないし、Aグループの人と話すのはなんか怖い。もう誰の気配もなくなったから、私は慌てて個室から出て細田さんを追った。

「細田さん。今の話、個室で聞こえちゃったんだけど、詳しく聞かせて」

 廊下をひとりで歩いていた細田さんに声をかけると、彼女は振り向いて笑った。

「ヨシミちゃんの話? びっくりだよね」

 次の授業は生物で、生物室まで歩きながら話すことにした。

「終業式の前の日、体育の後、サトミちゃんが騒いだじゃん。教室に残ってた人しか知らないけど」

 そうなのだ。その日は4時間目までで終わりの日で、4時間目に体育でサッカーをやった。それが終わって教室に戻り、部活がない人は着替えて帰ってしまった。午後から部活がある人は教室で昼ご飯を食べていたし、連れ立って遊びに行くって人たちも何人かダラダラと残って話をしていた気がする。

「私は教室でお昼食べてた」

「橋本さんもいたよね。それなら分かるでしょ」

「ヘアピンがない、って」

「ワタシ、サトミちゃんがあんなに必死になってるの初めて見たよ」

「そうだね。みんなで探そうってなって、手分けして探したよね」

 だいぶ探したけれど見つからなくて、ヘアピンひとつ無くなったくらいで騒ぎすぎ、と津田さんあたりが責めだして、昼休みも終わり、私含め部活の人や遊びに行く人が次々に教室を出て行ったのだ。

 生物室に着いて、班の席に向かい合って座った。もじゃ福岡さんはまだ来ていない。

「私は部活に行っちゃったから、あの後どうなったか分からないんだ」

「ワタシも、のりんたちとカラオケ行ったから最後まで見てないけど、最後サトミちゃん、体操服のまんま、机で泣いてた」

「そんなに大事なものだったんだ…」

「ヨシミちゃんに小さい時に貰ったんでしょ?」

「言ってたね」

 田口さんとは幼馴染で、その時に貰って大事にしていたものだとあの時言っていた。

「いずみちゃんがね、ヨシミが殺したって」

「そんなこと言ってるの?」

「ヘアピンなくしたことを知ったヨシミちゃんに、追い詰められたんじゃないかってね」

 いつの間にか隣の席に座ったもじゃが顕微鏡を触っている。

「それだけ大事にしてたんなら、あるのかな」

 自分を納得させようと口にしてみたけれど、なんだか釈然としない。いまいち分からないまま翌日の朝の結果だけは分かっていて、その気味悪さが怖い。

「ヨシミちゃんなら、何するか分からないでしょー。橘祭の時だってさー」

 それから田口さんや福岡さんのグループの悪口を色々と聞かされたけど、福岡さんが遅れてやってきたから話をやめた。


 授業が終わって、私は廊下で堀川さんに声をかけた。

「堀川さんさ、年末の件、詳しいこと知ってる?」

 堀川さんはすぐにピンと来たようで、私の顔をはっきりと見た。

「私はよく知らない。何か知ってるの?」

「さっき細田さんから聞いただけなんだけどね、田口さんが原因なんじゃないかって」

「そう細田さんが言ってたの?」

「って、和泉さんに言われたんだって」

「噂話なの?」

「よく分からないんだけど、ぜんぜん分からないからね、私も怖くて」

「本人に確かめたの?」

「え、それはさすがに…」

 突っ込まれると、又聞きでしかないから弱ってしまう。

「わかった、あとで聞いてみる」

 そう言うと堀川さんは頷いて前を向いた。何か決意したような横顔が見えた。

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