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【so.】大和 栞蔓[2時間目]

 三条先生にもらったジュースを飲みながら教室に戻ったら、みんな教室の外へと出て行く。おかしいなと思って時間割を見ると、生物になっている。そういえば実験をするとかなんとか島田のおじいちゃんがボソボソ言っていた気がした。わたしはロッカーから教科書とノートを取り出すと、ひとり生物室へと向かった。

 移動教室だとだいたい4人1組で班になって座るのだけれど、わたしのような出席番号が最後の方では、3人しかいない。去年はナオも含めて4人だったけれど、今年に入ってから不登校の細川さんのぶん、1つ前へ詰まった。4月になったらもう1つ詰まるのだろうか。
 班の席に座ると、斜め向かいで山浦がスマホをいじっている。向かいの席の委員長はまだ来ていない。

「ねえ、面談で何かあったの?」

 山浦に尋ねると、スマホから目も離さずに「別に」とだけ返ってきた。ああ、ほんっと、この女、きらい。わたしが努力してなんとかクラスの階層を上っていく中で、この女はずっと引いた目でそれを見ていた。我関せずみたいな冷めた態度が癪に障るんだ。
 腹立たしいからわたしも自分のスマホを取り出して、新しい芸能ニュースがないかチェックすることにした。
 トピックの一番上にあった「酩亭ニッカ、真打昇進」なんて見出しを見ても何の興味も沸かない。何のことやら分からない。気が付くと向かいに委員長が座っていた。睨まれているような気がして怖かったから、すぐにスマホをしまって授業を受けることにした。
 生物室の前の方を向いてみたけれど、先生の声が全然聞き取れない。それもそのはずで、わたしたちのひとつ手前の班で、曽根さんヨシミがなにか言い争いみたいなことをしていた。ちらりと委員長を見ると、すごい形相で睨みつけながら必死に先生の言うことを聞こうとしていた。ぽつぽつと前へ何か取りに行く人が出ると、委員長も率先して立ち上がって何かを受け取ってきた。これは素直に協力したほうが良さそうだ。
 委員長がセットしてくれた顕微鏡を覗き込んで見えたメダカの尻尾に「すごいねえ」なんて当り障りのない感想を口にしていると、島田先生がプリントを配っていった。そして言い争いをしていたヨシミが、わたしの隣の空いた席に移ってきた。

「どうしたの?」

「曽根むかつく」

 ヨシミを言い負かしたのか、凄いな。ちょっと曽根さんのことを見直したけど、しばらく接触を避けないとヨシミに睨まれそうで危ないな。わたしはこちら側の戦場の状況を伝えておかないとと思ったから、ノートにささっと「いいんちょうこわい」と書いてヨシミに見せた。委員長の様子を見て状況を把握したヨシミは、にやっとすると、それ以上口を開かなかった。わたしは委員長の後を待って顕微鏡を覗き込みながら観察結果を書くと、それをヨシミに差し出した。ヨシミは黙ってそれを描き写して、なんとか生物の時間を乗り切った。

 授業が終わってヨシミと一緒に教室まで戻ることになったけれど、ヨシミは怒りが収まらないみたいで、曽根さんが淫乱だとかビッチだとか、なんだか口汚く罵り続けていた。サトミちゃんだったら、上手く聞いてなだめて、落ち着かせられたんだろうな。わたしは精一杯聞いて同意に徹するんだけど、この暴れ馬をいなすことだけは出来そうにない。

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