【so.】曽根 興華[2時間目]
「ねえねえそねちゃん、どうお?」
もじゃとタイラーと私。生物室へと歩きながら、もじゃがしつこく聞いてくる。
「何の話?」
話の読めないタイラーがもじゃに聞いた。
「タイラーがジョーサンと親密になれるよう、応援しようって、FILOで言ってたのよ~」
もじゃは私へ振り向いて続けた。
「どうなのよ~?」
そして私の肩を揉んできた。仕方ないなと覚悟を決めて、もじゃの手を払いのけながら「いいよ」と笑った。
「決まりね。色々作戦を練らなきゃね」
生物室の私とタイラーの班にもじゃもやって来て、荘司さんの席に座ってしまった。
「ジョーサンの誕生日って近くないのかな? 知らない?」
「知らない」
タイラーは素っ気なく答える。6月4日、頭に思い浮かべながら、私は黙って首を振った。
「タイラー、来月のバレンタインまでに、少しずつ相手に意識させるのよ」
「それ、1時間目の間に考えたの?」
もじゃが作戦を語りだしたから、呆れて思わず口にしてしまった。
「そうー」
もじゃはノートを広げ、アイデアを書きだした。
「まず、毎朝同じ時間に駐車場で先生が来る所にちょうどいるようにするでしょー、それから地理の係の人に交代してもらって、授業の前後に準備室に行くようにするでしょー。あ、地理係って誰だっけ?」
「私」
そう、私なのだ。タイラーが変わってくれるなら、全く問題ない。
「そねちゃんか! ちょうどいいじゃーん。そしたらバレンタインまでに色々とやらなきゃなー」
夢中になってノートに書き続けているもじゃに、タイラーがゆっくりとした話し方で言った。
「ねえ、もじゃ…後ろ」
もじゃの後ろには、いつの間にか荘司さんが立って、困っていた。
「あっ、ごめーん」
慌てて席を立って自分の班へと戻っていくもじゃ。私はやれやれと思って姿勢を正すと、正面に座った田口さんが声をかけてきた。
「誰かにチョコ渡すの?」
話の断片が聞こえたのか。王様は突然、平民の領地にお構いなしに踏み込んでくる。
「タイラーがね」
無視するわけにいかないから喋り出すと、タイラーが慌てて遮ってきた。
「だめだめだめ」
「いーじゃん」
タイラーに釘を刺す田口さん。タイラー、大丈夫だよ、私はそこまでバカじゃない。
「通ってる塾の先生にあげるんだって」
「へー」
タイラーが塾に通っているのかどうかなんて知らないけれど、とっさについた嘘にしては良く出来ていると思った。
「どこまで行ったの?」
田口さんはタイラーへ直球な質問を投げた。
「えっと、まだ、なにも」
「キスも? 今までにしたことは?」
タイラー相手にそんなこと聞くまでもないじゃないか、そう思ったら、次の反応で彼女の意図する所が分かった。
「ごめーん、悪いこと聞いた」
要は、最近自分がその手の行為をしたから、自慢したくてしょうがないんだろう。クラスの女の中で私は一皮むけているんだという優越感に浸りたいだけなんだろう。
「私あるよ」
イラッとしたからつい反応してしまった。
「何回?」
「いちいち数えたこともないよ」
「その先は?」
まさか私がそんな返しをしてくるなんて思ってもいなかったのだろう。意外な相手からの反撃に対する、田口さんの焦りを感じる。
「セックス? 両手じゃ足らない」
「誰とよ!」
「私、高校から編入したから、中学まで共学だったんだよね」
ポケットの中でスマホが震えた。気が散る。
「何それ自慢?」
「別に自慢するような事でもないでしょ?」
そもそも自慢をしたかったのはあんたじゃないのか。私は同じ土俵に乗ってあげただけだ。この反応からして、初めてセックスしたのを自慢したいとかそんな程度だろう。
次の言葉が飛んでくればいくらでも打ち返すつもりだったけれど、田口さんの攻撃は返ってこない。だから私はスマホを取り出した。FILOに、三条先生からのメッセージが飛んできていた。
「次の時間、来ないか?」
またか、と思った。私は、タイラーにももじゃにもヒロさんにも、他の誰にも知られていない所で、三条先生と共犯関係にあった。先生はいつでも私の都合やコンディションなんてお構いなしに誘ってくる。生徒に授業をサボらせて自分の欲望を果たそうとするなんて、ロクでもない教師だと私はとうに見放している。けれどそれを跳ね除けられないのは、私がただ瞬間でも満たされたい欲望を持つ、ロクでもない女であるというただそれだけの理由だ。
「はいこれに書いて下さいねー」
生物の島田先生がプリントを配っていった。そのプリントを引ったくった田口さんは、隣の班の大和の所へ行ってしまった。少しせいせいしたけれど、しなくて良い闘いをした。今後のクラスで自分の立場を危うくしただけだ。何故そんな無益な争いをしたのかと問われても、タイラーの起こした玉突きで、ヤケな気持ちが芽生えたとしか答えられない。
「私、調子悪いから次の体育、休むね」
私はなるべくけだるい感じを装ってタイラーに言った。いつも身勝手な三条先生にも、断れない私自身にも、お子ちゃまばかりの他の女子たちにも、言いようのない怒りの炎が色んな場所で延焼していた。
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