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【so.】新藤 五月[3時間目]

 生物室から教室へ戻る間は、頭の中を魚のフライが泳いでいた。メダカの観察なんてやるからいけない。昼に買うパンはフィッシュカツサンドもアリだな。

「キミ! いまわたし何を考えてると思う?」

 教室で着替えながらキミに言うと「パン」と即答された。逆に問いたい。パン以外に何を考えるのかと。

 体育。小ホールにてくじ引きをして決まった卓球トーナメント。わたしの相手はまずイズミンだ。イズミンのもさっとした髪型を見てると、ひじきの煮つけを連想してしまう。だいたいアレは小鉢に盛られるけれど一口でなくなる。どんぶりにご飯を盛って、その上に豪快にぶっかけて食べてみたい。
 イズミンって帰宅部だし運動が出来るっていうイメージが全く無かったけれど、いざ試合をしてみると、右へ左へ自由自在に球を打ち分けてきて全く刃が立たなかった。ただ汗をかいてお腹がすいただけだった。

「負けた人は他に負けた人と試合してなー」

 敗者には興味なさそうに体育教師の石堂が言う。正恵相手に負けたらしい橘のひろ子ちゃんと打ち合うことにした。

「ひろ子ちゃんさー、腹減らない?」

 やる気なくサーブを打ち、ひろ子ちゃんもゆっくりと打ち返してきた。温泉でやる卓球みたいになった。

「私はまだだいじょうぶ」

「そうかー。今日はハセベのパンが売りに来る日でしょー? もー朝から何買おうかずっと考えてるわー」

「あ、朝から?」

 不思議そうな顔を見せながらひろ子ちゃんは球を返す。

「まず調理パンだとカレーパン、グラタンデニッシュ、ソーセージドッグ、ハムサンド、ちくわチーズ、ジャーマンポテト」

 口にしながら唾液がじわっと出てくるのが分かる。別の卓で凄い試合が行われているのか盛り上がっているみたいだけれど、パンより大事なものなどこの世にはない。

「菓子パン路線だとメロンパン、アンパン、スペシャルサンド、フルーツサンド、二色パン、チョコドーナツ、シュークリーム…」

 頭のなかをパンがぐるぐる回っている。

「どれが良いと思う?」

 カコーンカコーンとゆったりしたペースでラリーを続けながら、わたしはひろ子ちゃんとパン会議の真っ最中だ。

「いくつ食べるの?」

「5つ」

「えええ」

 ひろ子ちゃんはボールを受けられず、走って拾って戻ってきた。

「そんなに?」

「食べられるんだもん」

 かははと笑ってまたラリーを続ける。

「わたしは2つでお腹いっぱい」

「2つじゃおやつにもならないよ」

 ダラダラした打ち合いをしているとキミがやって来た。

「いやーびっくりした。さっちん見てた? 川部さんつええわ」

「ハセベのパン?」

「言ってないだろ。まだパンのこと考えてんのかよっ」

「パンがないならケーキを食べればいいとか言われたらさー、どっちも食わせろ!って思うよね」

「だから何の話だよっ」

 イズミンと川部さんの熱い試合を遠巻きに見ながら、キミと延々だべっていた。この後は4時間目の美術、果たしてお腹が持つのか心配だ。さっきからグーグー鳴っている。

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