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【第4話】アリア 35歳 「老い」なんて、他人事だと思っていた

 「老い」なんて、20代の頃は全く想像ができなかった。
若白髪が生えるタイプでもなかったし、肌も強い方なので、シミ、しわ、そばかすは皆無、潤いなどの肌質も、10代の頃より劣った感覚はなかった。
 でもそれらが、33歳くらいから、気になるようになったのだ。その時の絶望感は、なんとも形容しがたい、悲しいような、惨めなような、そんな気分だった。

 そんな自分が、27歳のイケメン、しかもマッチングアプリで知り合ったよく知りもしない男の子に対して、恋心を抱くなんて馬鹿げている。それなのに、
「ねえ、会えなくても、また話せない?あ、そうだ、俺の動画見る?そのほうが雰囲気もわかるでしょ?」
「動画?なんか、今風だねえ。うん、見てみたい。送ってー」
 自分の言動が相手にどう見えているのか、気になってしまう。ババくさくないだろうか。

 送られてきた動画は、居酒屋で彼の友人が撮ったと思われる、日常を切り取った風景だった。
 写真で見るよりもスカしたイケメンではなく、ちゃんと血の通った人間らしさがある、顔面とスタイルが整った人だと思った。
 そして気になるのは、女性の、しかも明らかに若くてかわいいと想像できるような声が入っていたこと。
「ありがとう。率直な感想は、リア充だね。アプリなんか使わなくても、出会いに困らなさそう」
「えー?そんなことないよ。アリアのも、見たいな〜」
「いやいや、わたしの世代は、動画を撮る文化ってあんまりないから、送れるようなものが無いよ」
 文字を打ち込んでいて、やっぱり惨めな気持ちになる。彼と自分の生活の差に、超えられない壁があると感じる。

「じゃあさあ、アリアの、えっちな画像とかは?ないの?」
 う、意外な展開だ。そんなもの、あるわけがない。
「ないし、送る気もないよ!だって、どう思う?35歳の女が自撮りのエロ画像って……それって、どうなの?」
「えー、全然、いいと思うよ!逆にえろくない?お姉さんのえっちな画像、見たいよ」
 そういうものなのだろうか?若かりし頃は、当時の彼氏と会えないときや、気になってるけど振り向いてもらえない男の気をひくために、送ったことは、正直、ある。
でもそれももう、10年以上昔の話だ。
「出し渋られると、余計に見たくなっちゃうよー。いいじゃん、ちょっとだけ」
「じゃあほんとに、ちょっとだけだよ?幻滅させたらごめんね……」
 まあ、これで幻滅されて関係が終わるなら、それもそれでいいと思った。

 今すぐ撮れる場所となると……と考えて、トイレに駆け込んでおもむろにワイシャツのボタンを外し、透け防止のために身につけているベージュのエアリズムを捲り上げて、ブラジャーを晒す。
 乳房の肉を寄せて谷間をつくり、少しだけカップを下げて、乳首が見えるか見えないか……ギリギリのところで見えないくらいの、自撮りをした。顔はもちろん、入れずに。
「はい!!これが、今のわたしの限界です」
 これでもし、このまま返信が来なかったら、その時はもう、帰りに呑んだくれようと思った。
「うっわ、超えろい。ありがとう。アリアなりにがんばって、今撮ってくれたことも嬉しい。ますます会いたくなっちゃったよ」
「本気で言ってくれてる?」
「うん。会いたい。ダメかな?」
「……今週は出張で、準備とかもあってほんとに忙しいんだ。でも、来週なら、時間、作れるかもしれない」
「ほんと!?じゃあ、会いてる日わかったら絶対教えてね!画像、ありがとう」


 甘ったるいやりとりの余韻に浸りながら、帰りの電車ではずっと、ぼんやりとしていた。
目の前にも、座った椅子の両隣にも、疲れ切った顔のサラリーマンばかりで、「この男に抱かれたい」なんて思えるような人はいなかった。
 LINEを開いて、彼の動画を見返していた。そしてふと思った。機種変更をしたら、この動画は消えてしまうのかな?だとしたら、寂しいな……
そっと、「保存」のボタンをタップした。


連載はマガジンにまとめてあります。
https://note.com/virgo2020/m/mbb11240f6784



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