【第5話】夫婦感、出していきましょ?

 とりあえず、温泉行っちゃいますか!ということで、大浴場に向かった。
明るいうちから、露天風呂で源泉掛け流しだなんて、想像するだけで贅沢すぎてどうしよう?

 館内にはプールもあり、若いカップルや子連れの家族も楽しんでいた。
しかも、プールにも温泉が使われているらしい。すごい。
そこから見える庭園も美しい。完璧である。

 温泉では、意図せずに「はあああーーー」と、至福のため息が漏れる。
科学的には、湯に浸かることで水圧で肺が圧迫され、大きく息が漏れるかららしいが、そんなことはどうでもいい。ただただ、気持ちいい。

 山さんも、今頃このお湯を堪能してるのかなあ?なんて思いながら、ふと、先ほどの「色っぽい」発言を思い出した。
 ぶっちゃけると、わたしは夫とは恋愛結婚と言うよりも友達婚なので、お互いの異性関係は自由、それがわたし達夫婦のルールである。
 なので、山さんがもしも……もしも、なにか起きる事を考えているならば、わたしは?どうするべき?なんて、自分の鎖骨や腕をお湯で撫で、ぷかんと浮かぶ白い乳房を眺めながら考えた。

 あの紳士的な山さんが、いやらしいことを考えている?そんな風には全く思えないけど、わたしももう30代半ばで、酸いも甘いも、いろいろ経験してきた。だから、何があってもおかしくはないのだ。


 お互い、温泉を出たら湯上り処で落ち合おうと約束していて、行ってみるとすでに山さんがいた。
 冷たい水やジュース、アイスキャンディーなんかも無料で置いてあって、先ほどの庭園も見える足湯もあり、至れり尽くせりだ。

 他の宿泊者達も、この完璧な非日常を、まるで桃源郷のような空間を、楽しんでいる。周りの人たちが幸せそうだと、自分も幸せな気分になるなあ。と、嬉しくなった。

 「アイスキャンディーなんて、久々に食べたな。お風呂はどうでした?」
 「わたしもー!美味しいですね。お風呂、入れ違いでマダム達が洗い場に行ったので、露天風呂は貸切でしたよ」
 「おお!いいですね。こっちも、貸切で、自由にのびのびしちゃいました」
 「なんか、ほんと、来られてよかったです。一緒に来てくれて、ありがとうございます」
 「こちらこそ、麻美さんと来られて最高ですよ」

 なんだか、宿までの道中よりも、山さんがフランクに接してくれてるような気がする。嬉しいような、戸惑うような、複雑な感情だ。


 部屋に戻る前に、お土産屋さんや図書室を覗いていると、スタッフさんが「かき氷はいかがですか?」声をかけてきた。
どうやら、夏の間のサービスで、無料で振る舞ってくれるらしい。
 「えー!嬉しいです。お願いしまーす」
 「じゃあ、ふたつでお願いします」
 「かしこまりました。奥のお席で、お待ちください」
 庭園が見えるカウンター席に座って、
 「空はまだどんよりだけど、もう、夏なんですねえ」
 「コロナのせいで、なんか今年は調子が狂いますよね」
 「ホントですよー。でもこうして、今ここに居られることが、幸せです」
 わたしはつい、普段は隠している自分のロマンチストな部分を晒してしまい、恥ずかしくなった。

 すると、スタッフさんが「お待たせしました」と、可愛い色の3色のシロップがかかったかき氷を出してくれた。
 「きゃー!かわいいです、しゃしん、写真!」
 「あはは、この上に乗せて撮ったら、いい感じになるのでは?」
 カウンターのへりに乗せて、庭園をバックに撮ってみた。すごく、夏っぽくていい感じだ。
 「んんー!かき氷も美味しいですね。さっきアイスも食べたのに」
 「まあ、別腹ということで」

 食べていると、何やら、お客さん達が吸い込まれていく部屋があった。
ミーハーなわたしは、
 「あれ、なんですかね?ちょっと、聞いてきます!」
 すかさずスタッフさんに尋ねると、体験型のイベントがあるらしい。なにおう!?と思い、
 「よろしければ、次回空きがあるか、見てきましょうか?」
 「お願いします!山さんもやります?」
 「あ、じゃあ俺もお願いします」
 「かしこまりました!」
 このリゾートは、地域に根差した工芸品などを展示したり、それに因んだ体験をさせてくれる。とても、粋な計らいだと思う。


 無事に参加OKの返事をもらい、一旦部屋に戻ることにした。
集合時間まで一時間くらいあったので、ちょっと飲んじゃいます?なんて、先ほど購入した洒落たワインなどを開けた。わたしは酒に弱いけど、雰囲気が良すぎるから飲むことにした。

 「いやー、ホント、最高っ!!このソファも座り心地、最高!」
 テンションが上がってきた。
 「今、みんなは仕事してるって思うと、罪悪感あるけど、同時に変な優越感も感じちゃいますよねー」
 山さんもどんどんフランクな話し方になってきた。

 そして、二人の今までの恋愛遍歴や、結婚の馴れ初めなど、突っ込んだ内容も話し始めた。
 山さんは真面目だけど、ちゃんと年相応の経験があって、今の奥さんはとても大事な人だけど、うちと似たような感じで、セックスはせずにお互いの趣味を尊重しているそうだ。
 「わたし、まじで、今後はそういう形態の夫婦が増えるべきだと思うんですよお〜。今の結婚のシステムが厳しすぎるから、離婚も増えちゃうわけで」
 酔いが回ってきて、つい本音が漏れる。
 「確かに、日本ってこうするべき!っていう固定観念に縛られてる人が多いですよねー」
 「ですです。で、その上にコロナまで来ちゃって、これからどうなるの?って、まじで予測不能ですよ」
 などと、日本の現状に悪態をついていたら、あっという間に体験イベントの時間になった。


 ここで、山さんの意外な一面を見た。体験というのは、花の種から油を絞ってみる……というものだったのだが、強く絞り過ぎて、潰れた種が器具から飛び出してしまった。
 「すみません!さっきも鍵を忘れたり、たまにこういうドジをやっちゃうんです」
 「あははー。完璧すぎる人より、そういうちょっとした苦手分野がある方が、人間らしくていいと思いますよ」
 欠点だらけのわたしからすると、山さんのささやかな欠点が微笑ましく感じた。

 そのまま、楽しい気分で部屋に戻り、またお酒を飲み始めた。
山さんはお酒に強いようで、缶の何かをあけている。わたしは引き続きワインを飲み、山さんおすすめの美味しいおつまみもいただき、上機嫌だった。
 「てか、ここのスタッフさん達、俺たちのことどう思ってるんですかね?」
 「ああ、名字違うし、不倫カップルって思われてるのかな」
 「でもその割には、お互い敬語で話してて……変な客でよね、きっと」
 「んふふ、確かに。Twitterで出会ってすぐに来たとか、普通じゃないですよね」
 「そう。だからちょっと、夫婦感出していきません?逃げ恥って見てましたか?」
 「ああ、ドラマですか?見てないんですよお。流行りのドラマを見逃す病に罹ってるんです、わたし」
 「なんですか、それ。じゃあ、この動画見てもらえます?」
 スマホを差し出され、そこにはガッキーと星野源が抱き合うシーンが流れていた。
 「なんですか、これは?あれ、偽装夫婦の話でしたっけ?」
 山さんはもう一度画面を見せながら、突然、わたしに抱きついてきた。
 「え?このシーンの真似ですか?」
 「そうです。こうやって、少しでも夫婦っぽく見せましょう!って感じのシーンです」
 そう言いながら、また、抱きしめられた。

んん???

 ここで初めて、ハッとした!
 「まさか、山さん。わたし達も、夫婦っぽくなっちゃいましょうって意味ですか?」
 「そう……です。すみません、誘い方が下手すぎて」
 「ええーーーまじですか?え、わたしを抱きたいとか、思うんですか?」
 「思いますよ!思うに決まってますよ……」

 カーッと、一気にお酒が回った気がして、思わず立ち上がり、顔を手で覆ったわたしは、
 「じゃあ、ベッド行きます?」
 「行っていいんですか?」
 「うん、もう、行っちゃいましょう。あ、でも先に、歯、磨いてきます!おつまみに、(フリーズドライの)納豆が入ってたし」
 「確かに。じゃあ、俺も!」

 ふたりして、並んで歯を磨いた。不思議な気分だった。
この先どうなるんだろう?何度も山さんは紳士だと思ってきたけど、実はわたしより年下なのだ。

連載はマガジンにまとめてあります。
https://note.com/virgo2020/m/m0c13cfaf3729


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