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おいしそうでかわいいものに目がない

「メンタンピン、ドライチ!」

自分の発した声が狭い部屋に大きくこだまする。
今日は調子がよいようだ。

「おい、へんいち、そんなんで上がんなや」
「えぇやろ、着実にいくんやから」

今日は友達の家に押しかけての対局だ。

「ちょっと飲む?」
「お、えぇな、飲も飲も!」

友達の声に小休止。

「うっわ、冷たっ! 生き返るー!」
「夏はこれこれ、やっぱりこれに限る!」
「プハー! めっちゃうまい!」

正直、味なんて分からない。
冷蔵庫から出したばかりで、キンキンに冷えている。

「いやもう俺には水同然やわ」

さぁ気合いを入れ直して…さっきはチートイいけたしな。
次はどんなの来る? よっしゃぁ! イーペー狙ってみよか。

***

一時期、麻雀にのめり込んだことがある。
大好きで大好きで、寝ても覚めても頭の中は麻雀のことばかり。

なんでこんなにのめり込む? ヤバいんちゃう?
そう思ったこともあったが、大好きだからしょうがない。

***

「おい、何しとん、へんいちの番やで」
「あ、あぁごめん」

あかんあかん、考えごとして迷惑かけてもた。
あ、迷惑といえば…

「ちょっと待って、家に電話入れとくから」
「えぇけど早よしてや」

「もしもし? 今な…」
「何時やと思てんの! えぇ加減にしなさい! 早よ帰ってきなさい!」
「は、はい…」

***

時間を忘れて家族も顧みず、飲んだくれて麻雀を打ち…
ひどいヤツだと思っただろうか。

いやいや、飲んでいたのは麦茶。
早よ帰ってきなさいはそろそろ晩ごはんだから。

へんいち、その時、中学2年生。

***

その頃僕は、異常なほど麻雀にのめり込んでいた。
その理由は、麻雀の牌(パイ)がおいしそうだったから。

麻雀が好きなのではない、牌が好きなのだ。
実際、友達が修学旅行に持ってきたトランプのようなカードタイプの麻雀にはなんの興味も持てなかった。

四角いのに角が少し丸くて手に優しい独特のフォルム。
それをこの手でジャラジャラと混ぜ返せるのが嬉しかった。
おいしそう。
本当は口に入れたい衝動と戦っていたのは内緒だ。

文具を選ぶ時もケータイを選ぶ時も、いつもおいしそうかどうかが基準だ。
かっこいいからと選んだものは一つとしてない気がする。

どうも僕はおいしそうでかわいいものに目がないらしい。

(2022/7/15記)

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