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僕はひそやかに赤を好いている

―何色が好き?

そう問われれば、今ならオレンジと答えるかもしれない。
もう少し前に訊かれたら、きっと青と答えただろう。
オレンジも青も好きだ。

でも僕が一貫して好きなのは、赤だ。

***

僕は女の子として生まれることを望まれていたそうだ。
昔、母からそう聞いたから間違いない。

母は5人兄弟で、あとの4人はすべて男。
そんな環境で育ったがゆえ、娘というものにひどく憧れたらしい。
いろいろな場面で同性として共感しあえる娘に。

しかし結局生まれた子は兄と僕。
またしても男どもに囲まれた。
かくして僕は女の子のように育てられることとなった。

僕は幼稚園を出るまで女児の下着を着ていた。
パンツも縁にピコレースがついていたから、よく兄にからかわれた。
自分でもそれが女児向けとは分かっていたが、まったく嫌ではなかった。

母が僕に買い与える服や文具などは赤色が多かった。
当時「男は青、女は赤」が常識だったにもかかわらず。
多様性の時代の今でさえ、女子トイレの表示はまだ赤なのだ。
当時の男子の赤が持つインパクトの強さは推して知るべし。

兄の水泳パンツは紺なのに、僕のは真っ赤だった。
小学校に上がる前にスイミングに通いはじめたが、赤パンツは僕だけだ。
当然ながら、見知らぬ少年少女に囲まれて「へんいち、おんな?」
――えぇやろ別に。
僕は赤を気に入っていた。

中学くらいから自分で服を選ぶようになったが、多いのはやはり赤。
高校は私服だったので、そんな赤やピンクのTシャツを着ていった。
体育で履くシューズも赤だった。

全身赤に包まれたいというのではない。
情熱の赤ではなく、どこかが赤という程度がちょうどよい。
赤が好きと口に出したこともない。

***

母の願いは天に届かず、僕は娘にはなれなかった。
でも僕はひそやかに赤を好いている。

(2022/8/5記)

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