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兄とは実にいろんな遊びをした

また踏んだん? もう! 何しとうねん!

そう言って兄は走るのをやめて歩道の端に寄り、繋いでいた手をほどいて草むらから大きめの葉をちぎって取ってきてくれた。
朝の通学で時間がないなか、僕はたびたび犬の糞を踏んでしまうのだった。

兄、小6。
僕、小1。

遠い記憶では、たしか8:05発の電車に乗れば学校にはぎりぎり間に合うとかで、いつもは余裕を見てできるだけ8:02発のに乗っていたはずだ。
その差わずか3分、犬の糞を踏んで泣きべそをかいている弟の世話を十分に焼ける時間ではない。
それでも兄はイヤな顔一つせず、いや違うな、イヤな顔はたっぷりしながら、なんとかしてくれた。

実は今日書きたかったのは、犬の糞の話だったが、せっかくだから兄の話を続けよう。

兄も僕も地元の公立校ではなく、大学の附属校に電車で通っていた。
ついこないだまで母の自転車の後ろに乗って幼稚園に通っていた弟が電車通学を始めるとあって、兄も心配したのだろう。
毎日手を繋いでいっしょに駅まで走ってくれた。
夏休みになるまでは、朝はそのようにしていっしょに走ってくれた。

兄とは5歳離れている。
張り合って日常的にケンカをするには離れすぎていて、むしろ背伸びして兄の真似をしたくなる年齢差だ。
兄とは実にいろんな遊びをしたが、どれも小1には高度で刺激的だった。
そのうちの一つに、架空で国を運営するというのがあった。

政党をいくつか作り、党是を掲げ、さらに候補者を複数立て、それぞれに公約を掲げ、有権者の人数分サイコロを振って選挙を行う。
小1の考える公約なんて稚拙で、ゴミを拾うとかだったと思うが、最大勢力となった政党、候補者の公約が実行されることを学んだ。

その国はスポーツも盛んで、兄の国と威信をかけて野球で対決もした。
家の前の空き地で投げて打って走るのだが、まず選手15名のキャラ設定。
同じ投手は中二日は開けなければいけなかったから、投げられもしない左投手の日が定期的に巡ってきて、ストライクが入らず涙を流したりもした。
一打席ごとにスコアをつけ、試合後は各選手の打率や打点、投手の防御率を計算し、架空の新聞会社が毎日それを報じた。

その国は他にもいろんな機能を持っていたが、とても全部は紹介しきれないので最後に一つ、架空の鉄道を運営していた話。
家から学校までの道のりで、交差点や店の前などに架空の駅を設定し、路線を作り、時刻表を作り、そこを走る車両をデザインした。
地図上で路線長を計って、長さあたりの保守費、新線建設の場合は土地買収費や建設費などを計上し、朝の通学時には見える範囲で人の数を数えて、運賃収入を計算した。
なかなか新型車両を導入する資金は貯まらなかったし、当初は裏通りにいっぱい持っていた路線も、大多数は収支が合わず廃止に追い込まれた。

もう! また踏んだん?
だってぇ、朝の乗客数えてたんやもん!

小1には小1の言いぶんがある。

(2021/4/21記)

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