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この作戦を継承できないのが残念だ

父は値切りの名人だった。

家電や家具といった高額商品を買うとき、あっけらかんと値切るのだ。
まからへん?と訊くだけだが、それが必ず実現するところをみると、何か作戦があったのだろう。
幼い僕は、そんな父をただ恥ずかしい思いで見ていた。

それから20年近くの月日が流れ、僕は独り立ちをした。

東京で就職して少し経つ頃、テレビが壊れた。
すぐカタログで購入機種を決め、週末の夕方、秋葉原に向かう。
ずらり並んだ店をすべて廻り、決めた機種の値を見ていった。
閉店1時間前になるのを待って、2番目に安い店に入る。

電卓片手の店員に9万円のSONYを指し、いくらになるか尋ねた。
その時間になると、ノルマ未達の店員は焦って電卓を手に持つのだ。
8万円にはできるがこれが限界、と。
安いねといいながら、いちおう他店も…と最安店へ向かう。
そっちは最初から8万円だが、そこでも店員を選んで訊いて7万円に。

最初の店に戻ると、同じテレビをファミリーが購入中。
「こちら9万円です」「はい」――え、そのまま買うん?

先ほどの店員が僕に気づいたのは閉店15分前だ。
よそは7万円だと告げると、8万円が限界のはずが69,800円に。
また明日…というと、上司に相談しに引っ込んで64,800円、購入。

初めての車はトヨタ車で、東京の販売店で購入した。
マイナーチェンジ直前で、ローラアシュレイコラボのファンシーな1台しかなく、標準車より10万円高いという。

いくらになります? で170万円が160万円に。
在庫一掃したいですよね? で150万円に。
デザイン選べないんですけど? で140万円になる。
(実はとてもかわいい内装に一目惚れしていたがナイショ)

税込にとの願いは却下されたが、税相当(当時5%なので7万円)のおまけをつけてくれたら現金で買うというと、これとこれ…と見繕ってくれる。
売価でなく原価で7万円分ね? で店長は、えーーー!とのけぞって天を仰ぎ、売価で20万円分ほどのおまけがついた。

極めつきは、納車先が翌月に引っ越す愛媛だったことだ。
1台だけをカーキャリアで運ぶのはムダと店長自ら運転してきて、新幹線でトボトボと東京に帰っていった。

いつのまに父の作戦を体得し、さらに洗練させていたのだろう。

しかし、ネット全盛の時代となって値切りはメルカリだけの文化となり、子供たちにこの作戦を継承できないのが残念だ。
恥ずかしい思いをさせないで済むのは少しホッとしているけれど。

(2023/1/19記)

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