見出し画像

すごぶるおいしかったので許して

カツ用の豚ロースを買い込んでいたのを忘れていた。
昨日また異常に暑かったから、冷やし中華でも作ろうかと思っていたが、いざ冷蔵庫を開けるとそこに豚がいる。
鶏なら冷やし中華にもいいが、よりによって厚切りの豚…

しょうがない、豚にするか。
ゴールはトンカツかトンテキかの2択に絞られてしまった。
うぅむ…どっちも暑いやん…

ふと冷蔵庫の中の赤味噌と目が合った。

「おっと、見慣れへん顔やな」
「ほやぁ、いつもは合わせ味噌だら?」
「うん、でも赤味噌は好きやで」
「え、ほんな…でも子供の頃も神戸なら合わせ味噌だらぁ?」
「そやけど、永谷園の『ひるげ』で食べる憧れの味やってんで」
「『あさげ』『ゆうげ』ばっかで『ひるげ』は売っとらんのでは…」
「いや、それでも君が好きやねんて」

読み飛ばしていただいてかまいません

カツ+赤味噌、僕の頭の中にはもう〈矢場とん〉しかなかった。

終戦間もない1947年創業、名古屋の元祖味噌カツ店だ。
手羽先、ひつまぶし、味噌煮込みうどんなどと並んで味噌カツは、今や名古屋メシの代表ともいえる。

僕は小学高学年のあたりで突然、油ものを受けつけなくなった。
それまで好きだったフライや天ぷらがダメになり、唐揚げはかろうじて食べられるかなという程度。

それでも味噌カツであればなぜか食べられたのだ。
きっと味噌ダレに使われている赤味噌の酸みが、トンカツの脂っこさを中和してくれるからだろう。
いくらでも…とはいわないが、おいしく食べることができた。

愛媛の村おこし時代、名古屋への出張は本当に頻繁だった。
松坂屋、三越、高島屋などの店頭に年に何度も立ったものだ。
その出張のたび訪れたのが〈矢場とん〉なのである。

〈矢場とん〉の味噌カツ丼がこれだ。

甘い味噌ダレがかかったトンカツはもはや油ものではない――

冷蔵庫に豚と赤味噌を見つけた僕は、なぜか急に〈矢場とん〉を目指すことになった。
カツをサクサクに揚げ、タレをトロトロに仕上げる。
どうだ!

いや、なんで? 全然違うやん。
〈矢場とん〉のはケチャップみたいな色しとうで。

〈矢場とん〉公式サイトに書いてあった。

現在みそかつといえば、ドロッとしたいかにも赤みそというみそだれをかけるのが主流となっていますが、「矢場とん」では串かつを”どて鍋”にドボンと浸して食べたという当時のイメージを(に)こだわり続けています。

( )内へんいち註

はい、いかにも赤味噌という味噌ダレをかけた。
でもすごぶるおいしかったので許して。

僕は数年前、なぜかこれまた突然に油ものが食べられるようになった。
だから正直、今は味噌ダレがなくともトンカツは平気になっている。

しかし僕の中では、たまに実家にあった『ひるげ』の赤味噌への幼き思慕が、いまだに断ち切れないのである。

「やっと想い伝えられたで」
「ほっかぁ。ずっと好きでいてくれてありがとう」
「ぼ、僕とつ、つきあ…

長くなりそうなのでこの辺で打ち切り

(2023/7/26記)

サポートなどいただけるとは思っていませんが、万一したくてたまらなくなった場合は遠慮なさらずぜひどうぞ!