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指先にまとい続けた罪悪感

中学1年の秋だったと思う。
ホームルームの僕の席は前から2列目、右から2番目だった。
前の席は、気になっていた女子だ。

先生が配ったプリントを、前列から後列へと順に渡していく。
学校にあふれる日常茶飯な光景。

前の女子がプリントを僕に渡そうと半身をこちらに向けた。
手だけで肩越しにホイとプリントを渡すヤツも多い中、その子はいたって丁寧だったのだ。
僕は当然のごとく、そのプリントを受け取る。
…はずだった。

僕がつかんだのはプリントではなく、その子の肘だった。

時が止まった。
教室の音がなくなり色もなくなった。
10秒くらい肘をつかんでいたように感じたが、きっと1秒もないのだろう。
うっ…と僕は小さく呻き、慌てて手を放した。

女子に触れたい、いや触れてはいけない、という葛藤もなく、まるで別人に操られたかのように、気になる女子の肘をつかんでしまったのだ。
性衝動、だと思った。
中学1年男子のことだ、大いにありえる。

その子はチラッと僕の顔を見、目が合った。
しかしその目は恐怖を語るでもなく、説明を求めるでもなかった。
どきまぎする僕をおいて、その子は何もなかったように前に向き直った。

謝ることもできず、そのまま月日が流れた。
その瞬間を思い出しては、性エネルギーに支配された僕の行動を申し訳なく思う気持ちに苛まれた。

その子とはその後何もなかったが、たまたま同じ高校へ進んだから、30年の歳月を経て高校の同窓会でバッタリ顔を合わせた。
見た目まったく変わらず、そのまま歳だけ重ねた様子だった。

「久しぶり」と声をかけてみた。
「あ、久しぶり。元気やった?」
「まぁまぁ元気。なぁ、謝らなアカンことあんねんけど」
「え? いきなり何?」
肘をつかんだ話をし、そして「あんときはごめん」と謝った。

もちろん彼女はそんな事件のこと、まったく覚えていなかった。
「へぇ、そんなことあったっけ」
「あったんよ。無意識につかんでたから自分でも何が起きたかよう分からんくて、その場で謝ることもできんかった。ホンマごめん」
「あ、そんなん全然えぇよ。いや全然えぇよも変やけど。たぶんそんときはビビったやろな」

指先にまとい続けた罪悪感は30年の時を経てようやく消すことができた。
カーディガンの柔らかな手触りと、その下の華奢な腕の感触は、ほろ苦い思い出として同じ指先にまだほのかに残っている。

にしても半袖の夏でなくて本当によかった。

(2022/3/27記)

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