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思考してはいけないなら、人間の創作物なんてどれほどつまらないものになるだろう

朝の出勤時に通る地下街はほとんどの店がまだ眠っているが、カフェや喫茶店の類いだけは早々に営業を始めている。
毎日そうした店の前をいくつか通りすぎるが、そのうちの一つ、ガラス張りの喫茶店で、週に2日だけ見かける顔がある。

一人は、年の頃は40代だろうか、勝手な印象を文字にすれば、定職には就かず日がな一日ブラブラしてそうな、でも悠々自適というのではなく、とても細かいことにイライラしてそうな男性。
テーブルにはいつもモーニングセットが広がっているが、驚いたことにそのトーストが真っ黒なのだ。
ついうっかり出してしまえるようなレベルの黒さではない。
しかし、毎回真っ黒なトーストをちぎりながら食べているのを見ると、おそらくその客の要望で真っ黒になっているだろうことはおおよそ見当がつく。

もう一人は女性で、同じく40代前半だろうか。
こちらは常に連れ合いと話しながらなので、その背中でテーブルの上はよく見えないが、たぶんモーニングセットなんだろう。
こちらは異常なし…いや待てよ、もしかすると見えないだけで、その女性のトーストだって黒焦げかもしれない。

男性のトーストは「いつも黒いから」「きっと客の要望だろう」。
女性のトーストは「店が出すものだから」「きっと黒いはずはない」。

これが、たまたま通りがかっただけならどう思っただろうか。

男性のトーストが「真っ黒だから」「なんとひどい店なんだろう」。
女性のトーストも「そんな店だから」「きっと真っ黒だろう」。

勝手なものだ。

その週2日以外はどこで何を食べているのか、もちろんまったく知らない。
いたってふつうのトーストかもしれないし、黒焦げの餅かもしれない。
日がな一日ブラブラとか、細かいことにイライラとか、もっと分からない。
世の中分かったつもりでも、それはごく表層であって、実は何も知らないのだ。

でも目に見えるものしか並べてはいけないなら、早朝の喫茶店で黒焦げのトーストを食べている男性がいた、以上の事実はない。
それ以上思考してはいけないなら、人間の創作物なんてどれほどつまらないものになるだろう。
空想バンザイ。

昨日の朝も、黒焦げトーストの男性はその店にいた。
あぁ今日も黒いわ…と思っていると目が合った。
こちらを睨んでいる。
すみません。

(2021/3/9記)

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