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音楽家のポートレート~Les portraits des musiciens

ユリウス

ひどく落ち込んでいる時にわざとあれこれと予定を入れ、心身が麻痺するまで動き続けた挙句に寝坊して、一番大切な用事をすっぽかしてしまうのがユリウスだ。彼の砂漠のように果てしない心の空白は、休みなく動き回ることで辛うじて埋められていると言えるだろう。自分でもそれを知っている。
彼ほどはっきりと自分の欲しいものを知っている人はそう多くないだろう。それはまさに彼の心の中の砂漠をそっくりそのまま、得も言われぬ花の匂いに満ちた春の庭に変えてしまえる女性だった。でも彼にとってそれは、スイミングプールに落とした真珠の一粒を探すほど大変なことなのだ。


パオラ

大きな黒い瞳にブロンズの胸元。細くて素晴らしい曲線の身体を持つ彼女は画家の娘だ。ちいさな頃から父親のためにポーズをとってきたという彼女は自分の身体的魅力の正しい価値を心得ている。そう言うと思わず眉をひそめる人がいるだろうか? 彼女はニンフのように男たちの注意を惹きながら、最後はするりと身をかわしてしまう。いつも大きく胸元を開けた煽情的な服装をしているのにその貞操の固さと言ったら修道女並みで、その美しい曲線の周りには目に見えない有刺鉄線と十字架が張り巡らされているかのようだ。だからパオラは誘惑する。高い塔の上に監禁された王女のように。

ジャン•ピエロ

 彼は不意にポケットからちいさな手帳と鉛筆を取り出してデッサンを始める。そのとき彼の眼に映った人の動作や表情にインスパイアされるらしい。でもそれらのデッサンは、ほかの人から見るとすこし不思議なデッサンだ。なぜなら、それらは正確に描写するためではなくて、彼の心の眼が見たものがそのまま現れているデッサンだからだ。私が「見せて」と言うと照れながら見せてくれる。でも心のどこかで私は彼の顔をデッサンしたいと思っている。私はイタリアに行ってから人の顔の造作にとても興味を持つようになった。元々、パゾリーニやフェリーニの映画の中の登場人物たちの顔にとても惹かれていた。それは彼らが「顔」と言うものが持つ、造形美とは別のもうひとつの魅力に気づかせてくれるからである。そこにあるのは力強い表情、むき出しの好奇心、喜怒哀楽だ。もっと言えば、「ルネッサンスやバロック絵画の中の顔」なのかもしれない。ジャンピエロが唇にカラヴァッジョのバッカスのような陶酔を湛えて微笑むとき、私はそんなことを考えていた。

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