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思い出の薔薇園

初めて会ったのは、私の薔薇園だった。

お父様のお仕事の都合でついてきたあの子は、薔薇園のベンチで本を読んでいた。

独特の雰囲気を持つあの子に、私は話しかけることができなかった。


二度目に会ったときも、同じ場所。
今度は家から持ってきたのだろう、図鑑を手に熱心に薔薇を眺めていた。
「貴女、薔薇がすきなの?」
「好きでも嫌いでもない」
やっとお話できるかとおもったのに、もう会話が終わってしまった。
「では、何が好きなのかしら?」
「教えない」
彼女はまだ図鑑と薔薇を交互に眺めている。
沈黙を破ったのは、彼女だった。
「どうして貴女に教えなくてはいけないの?貴女、誰?」
やっとこちらに向き直った彼女は、赤茶の髪を揺らし力強い瞳を輝かせていた。
私は少し困った顔をすると、震えそうな声を絞り出した。
「ここは、私の家ですし、この薔薇園はお父様が私にくださった庭園なのよ」
そのときの彼女の『しまった』という顔は一生忘れないと思う。

薔薇園にいる私たちをみたお父様方は、友達なのかと勘違いしてくれて様々な場所で供をしてくれることが増えた。
彼女、由衣は嫌な顔もせず、だからといって嬉しそうな顔もせずに私の一歩後ろを歩いた。
はじめは同じくらいの女の子と知り合えるという嬉しさと、由衣の空気に憧れた。友達というカテゴリーで満足できなくなったのはいつからだろう。
皮肉にも私の供をすることで由衣を知る人が増えてファンが増えた。彼女のことだからそんなことしなくても、きっと人気者になっていただろうけれど。
だけど、私以外の者にポーカーフェイスを保つことはなかった。知りたがりの良い子ぶった子でも、純粋に彼女に焦がれている者にも平等に、私と初めて会った時のような顔をした。少し嫌そうで、眉を寄せて目を合わせなかった。

だから私は、ちょっとだけ勘違いをしてしまったの。
高等部にあがっても、相変わらず供につけられたけれど、校内で一緒にいることは極端に減ってしまった。だからといって、彼女は誰か他の子といるわけではなかった。一人で、静かな空気を纏わせて読書をしていることが多かった。
業間休みは自席で、お昼休みは中庭で。

四月も終わりに近づき連休が目前だった。
この状況にやきもきした私はいい加減に白黒つけてしまうことにした。
休み時間が長くなるように、ランチはサンドイッチにしてもらって手早く済ませると
友達に言い訳をして一人中庭に向かった。
中庭では花壇のあたりに生徒がいるようだが、外れのベンチにはいつも通り由衣だけがいた。彼女を気にする女子生徒が、校舎の窓からのぞき見ているのなんかお構いなしで。
私はベンチに近づくと彼女の前で止まる。
「ごきげんよう、由衣さん」
「あら優月…何か用?」
なんでもないとでもいうように、相変わらずのポーカーフェイスだ。
「お隣、よろしいかしら?」
髪の毛を耳にかけながら訪ねると、どこで嫌味なんか覚えてきたのか解いたくなった。否定はされなかったので、隣に腰をおろしたけれど、私のほうなど見向きもしない。

「どうぞ?この中庭は公共の場所なんだから、好きにすれば?それとも私はお邪魔かしら?」
「いいえ、違うわ。貴女、この学園に入ってからなかなかお話してくださらないんだもの」
「優月お嬢様はお父様に人脈を作れって言われてるんじゃないの?私なんかを構うなんて、もの好き呼ばわりされるわよ」
どうやら由衣は私がお父様から、ご令嬢ばかりが通うこの学園で人脈を作って来いと言われたのを気にしているらしかった。私が、由衣ばかり気にして他のお友達と一線を引いているから。。。
別に私は、ほかの方と仲良くしたくないわけではない。でも、由衣は他の女の子にキャーキャーと騒がれるのを好まないみたいだったから、彼女といることを選んだだけだったのに、悪循環を起こしてしまっているらしい。しかも、当の本人は自分の魅力に気が付いていないのだ。由衣が鈍感でどんなに助かっただろう。この子の隣に、ほかの女の子が並んでいるのを想像するだけで心臓を掴まれるように身体が冷えた。
「そんなことないわ、学園内には貴女のファン、多いのよ」
―― 私のほうが昔から貴女を見ていたのに…
否定するけれど、鈍感な彼女には私の気持ちさえ伝わらない。
幼い頃薔薇園で会ったあの日から、私は貴女といる運命をつかみ取ってきたのに。

「私なんかより優月のほうが多いんじゃない?いつもお姉さま方が貴女を見に来てるじゃない。誰が貴女と特別な関係になるか皆興味津々って感じでしょ」
「お姉さま方は特別なスールを探しているだけよ。でも、全部お断りしているのよ?」
「なんでよ。お綺麗なお姉さま方に可愛がってもらえばいいでしょ」
…もしかして、彼女は私の周りに嫉妬しているのだろうか。
なんでここで上級生の方々がでてくるのだろう。私がスールの申し出を全部断っているのなんて、目の前で見ているのに。だから、由衣は昼休みに私から離れるのだろうか。良い家柄や会社の令嬢の妹になれるようにと。

あぁ、本当に由衣は、どこまで鈍感なんだろう。
私がこんなに、貴女しかみていないというのに。

「由衣、いいからこっち向いて」
私は両手で頬を包み自分の方を向かせると、顔を近づけて訴えた。
どうか、伝わってと思いながら。他の生徒が見ている事なんて、脳内から消えていた。

「あのね、私の特別は、ずっと由衣なの。だから、そんなこと言わないで。貴女がずっと特別よ?ねぇ、由衣は…?」

顔を抑えられ逃げることのできない由衣だったが、至近距離で見つめられ、うろたえていた。普段ポーカーフェイスを崩さない由衣が、耳たぶを赤くして、困った顔をしている。
―― 可愛い
なんて思ったら、バチがあたってしまうかしら。
こんな、人目もある場所で、告白のような伝え方までしたらどうやらやっと伝わったらしい。
耳を赤くした由衣が私の手を無理やりはがし、後ろを向くのと、小さくつぶやくのは同時だった。
「・・・・・・・・・・教えない」

幼いあの日と同じ言葉だったけれど、今日は私にもわかった。
ねぇ、私たち、両想いよね。



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