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海が聞こえる。

海が聞こえる。一人暮しの生活音がしない静かな部屋で耳をすませないと聞こえないくらい小さな音。何かきっかけやタイミングはないと思う。夜明けだったり、夕食どきだったりする。決して不快な音じゃないけど、どこか気になる。懐かしいような切なさを含んだそんな音。近場に川あるけど、海までは遠く離れているので聞こえるはずがないのに。

そんな時は決まって、水道水を飲むことにしている。カルキが香る都会の味気ない安全な水。無味無臭だと思っていた水にも美味しさがあるんだと、塩分過多の飽食に麻痺した舌をほぐしてくれる。自然じゃないことをそっと提示してくれる気がして、ちょっとおかしくても、自然じゃないんだからと慰めているように感じる。

ここは人工的に作られた街で人間を第一に考えられた住みやすい構造をしている。さぞ野生動物には住みにくいだろうなと思いながらも、その恩恵を日々受けてる自分は、もう自然には生きれない身体に飼い慣らされてしまった。海が聞こえても、見ることはもう叶わないのかもしれない。

夏が近づいてきてるのに、家には水着がない。そういえば、いつから持ってないのかも覚えてない。何度目かの夏から水着を使う機会を失ってしまった。ただ機会はなくても、肌の少し上で暑さを感じると、水着が頭に浮かぶのは、まだ海を覚えているからだろう。

海が聞こえる。下から眺めたとんびの翼はとうに遠ざかってしまって、あれだけ大きく感じていたのにもう見えなくなってしまった。砂浜すら行けそうで行けなくなってしまった。海が聞こえるのは、機械に近づき海風に怯える私への皮肉なのかもしれない。

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