ソムリエ一年生への祝辞 【表】

未来を担う人材として

努力の末、ソムリエ試験を合格なさった皆様、日本全国のソムリエたちとお客様があなたを迎え入れようとしています。ソムリエとして飲食業で働くことを選択された皆様の夢が今一つ叶ったことを心から祝福いたします。

ひとえにソムリエと言っても、ここにいたるまでの過程はいろいろなものがあったかと思います。若くしてソムリエになられた方もいれば、様々な研鑽を積んだ上で新しく学ばれた方もいらっしゃると思います。ワインには多様性があるのと同様に、皆様一人一人が複雑な個性を発揮し業界を盛り上げていくことを想像すると、さらに多くのお客様が喜ぶ姿が目に浮かびます。

ソムリエ一年生の皆様。皆様は時間を惜しみ日々深く学習し、過酷な訓練の末に技術を磨き、合格を勝ち取ったことと思います。しかし、それはあなたが一人前のソムリエと認定されたということだけを意味するのではありません。皆様は何よりも、これからさらに深く根をはり、多くの養分を吸収し、豊かな果実を実らせる苗木の一つとして、未来を作っていく人材としていま認められたのであります。僕も皆様の先輩の1人として、その未来を作っていくのに何かお伝えできるものがあるのならば嬉しく思っています。

これからコンクールを目指して勉強に励む方や、サービススタッフとして習得したソムリエの知識を生かしていく方などと、色々な活躍をなさっていくのだと思いますが、僕からは僕自身がそうしてきた「サービスマン兼ソムリエ」としての言葉を伝えたいと思います。

背筋の凍るような失敗

一つ僕のお話をさせてください。

僕が駆け出しのころの話です。ある常連の女性の方がいらっしゃいました。ときには1人でも利用され、シェフとも10年来のお付き合いをしていた方です。僕も何度かお会いしているうちに名前を覚えてもらい、カフェのテラスで飲んでいる姿を見かけた際にはご挨拶をしていただけるほどでした。僕も一生懸命サービスをしようとその方が飲んだもの食べたもの以外に何を話したのかまで必死に覚えていました。

その方がある日、男性と来店されました。おそらくお仕事関連の方ではないかと思います。所作はスマートでエスコートも丁寧で、少し体格のいい中年のダンディな男性でした。

食事はスムーズに進み、何一つ淀みはありませんでした。いつもよりペースが遅いその女性のワイングラスの様子を見て、まだかなぁと思いながら見ているとじきにグラスが空になったのでオーダーを伺いに行きました。

「お次はどういたしますか?」
「ん…、お水もらえるかしら…」

そこで気を遣えばよかったものの僕は親しさを勘違いしてかこんなことを言ってしまいました。

「あれ、この前なんてお昼にカフェでお会いしたときにシャンパンを何杯も召し上がっていたじゃないですか。今日はあまり飲めないんですね」

女性は苦笑いをしていたと思うのですが僕は気づいていなかったんでしょうね。とはいえ、何事もなく最後までスムーズに食事は進み、一見平和に食事は終わりました。

営業終了後のミーティングの時にシェフが

「黒ワイン君さ、今日◯◯さんのテーブルで何か変なこと言った?」

と言うので

「え…?…親しく話しかけましたけど…『お客様と仲良くなれ』っていつもシェフにも言われてますし…」

と返したところ

「◯◯さんから後で電話かかってきてさ」
シェフは続けました。

「連れの男性が『客のプライベートをペラペラしゃべるサービスマンのいる店になんか二度と行きたくない』とカンカンだったらしいよ」

それを言われて、一瞬で血の気が引き、自分が何を言ってしまったのか理解しました。
あの食事がデートであれ仕事の会食であれいつもたくさん召し上がっている女性が今日は飲まないことの意味、情報を持っている立場だからこそ安心してお客様に過ごしてもらうために守らなければいけないもの、そういうものを全てすっとばして自分が仲の良いというアピールをしたいという気持ちだけで接した結果だと。

それ以降僕が他の店に移るまでに、その女性を接客することは二度とありませんでした。

左利きかどうかを見るだけで

僕が働いていたある店では、左利きのお客様がいらしたらスタッフ間で共有することにしていました。

コースの最初に小さなスープが出るのでそれをどちらの手で召し上がるのかを遠くから見ているわけです。ワイングラスを右で持つ左利きの方はいますが、わざわざ右に置かれたスプーンを左に持ちかえる右利きはいませんので、そのお客様がどちらなのかを見抜く一つのポイントになります。

なんでそんなことをしていたのかというと、この世の中右利き仕様のものがすごく多いんですよね。左利きかどうかがわかるだけでできるサービスってあるんじゃないかということになって、咄嗟の時にも対応できるようにお互い共有していこうとなったんですよ。

ある日僕の担当のテーブルに、左利きの女性の方がいらっしゃいました。ランチを楽しみにいらした、30歳くらいの女性3人組でした。その日のコースはパスタが二種類出るんですが、二つ目のフォークは食事の途中でテーブルにセッティングする流れになっていました。左利きとわかっていたので僕がパスタフォークをお客様の左側にセットしたとき、その方が友達と目を合わせて、

「え!?なんで左利きってわかったんですか!?」

と僕に聞きました。

「あ、さきほど一つめのパスタの時に左で召し上がっていらしたので…」と伝えると、

「こんなふうにされたの生まれて初めてです!」

と、とても喜んでくださいました。

食後のカプチーノもバリスタに頼んで左利き仕様(右利きとは絵柄が180度変わります。イメージできます??)で用意してもらったところ大層喜んでくださり、時折ランチタイムを楽しみに来てくださる常連さまになりました。

大切なのは想像力

今回は敢えて言語化しますが、上の2つのエピソードの大きな違いは「想像力があったかどうか」ということです。片方はそれがなかったせいでお客様を激怒させ、もう片方はお客様を喜ばせた。普段から「このお客様は何を望んでいるのだろう」と考えることが大きな違いを生むと思っています。

同じワインを提案するのでもお客様によってグラスを変えることもあります。この方は白も赤も召し上がりそうだから料理のペースに合わせてグラスの形状を大きくしていこうとか、このお客様は一杯の白ワインでメインまで通すだろうから最初からやや大ぶりなグラスでゆっくり楽しんでもらおうとか。食前酒のペースから分かることもあるでしょう。ワインのオーダーの様子から分かることもあるでしょう。

うまくいかないことがあるかもしれませんし、僕のような失敗もあるかもしれません。でもそういうものを経て人は成長でき深みが出てくるものだと思います。
決してこれからも一杯のワイン、一人一人のお客様、一日一日の営業に慣れることなく、その日の全力でお客様のことを考えてサービスにあたってください。その一日一日の積み重ねがいつかまた豊かな実を結び、素敵な空間を生み出し、レストランにいらっしゃるお客様を喜ばせると僕は知っています。あなたが素晴らしいソムリエ、そして素晴らしいサービスマンになっていくことを一人の先輩として心から願っています。ではまた。

【裏】バージョンもぜひどうぞ。



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