【呼び止めたのは】#04ショートショート



夕刻、空き地で友達三人と隠れんぼをしていた智(さとし)は、見つからないように息を潜めていた。けれど、鬼となったその友達はそろそろ帰らないと怒られる、とぼやきながら歩いてる。罠だな、と智は思いながら不要となったドラム缶の影に身を潜め、鬼となった友達が来ないかソワソワしていたが、ポツンと一人だと感じた瞬間、智は思った。
「俺は帰っても誰もいない」
去年の夏、智の母は病気で亡くなった。父は仕事で帰りが遅く、時々祖母が様子を見にきたりしていた。誰もいない家にまだ帰りたくはなかった。
ドラム缶を背に思い悩んでいると、目の前の草が生茂るその場所から声が聞こえてきた。
「……おーい」
隙間から鬼の様子を伺うと、木の棒を使いながら雑草をなぎ倒しながら辺りを見回している。
「おーい」
聞こえてくるその声を確かめるべく智はその草影へ進んでいった。小学三年生の智の背丈ほどある覆い茂草に耳を寄せると、その声は大きくなった。
 智はもしかしたら他の隠れている友達に何かがあったのかもしれないと、その草をかき分けがら進み始めた。入ってみたものの、その草の量は多く、かき分けても密度の多い草が壁となっていた。どことなく智は友達の名前を呼ぶ。
「明? トシ?」
最後勢いよくかき分ける。すると、そこは見たことのない田園風景だった。
 智は振り返ると、空き地ではなく森の草陰から出てきていた。
「どこだここ……」
すると、聞こえていた声が今度ははっきり聞こえた。
「おーーい!」
その声のする方へ行くと、一人の男が口に手を寄せずっと周りに呼びかけている。その男の方へ近づくと、男は智を見て驚いて見せた。すると、ズンズン足で地面を強く踏みしめながら智に近づいてくる。驚く智を返りみる暇もなく、男は智の頭を拳骨で殴った。
「おめぇ、一体どこ行ってたんだ!」
ずしりと重い拳骨など、智は初めて食らった。頭がジンジンと響く。
「何するんだよ!」
「何ってこっちのセリフだ! 薪割りもしねぇでどこほっつき歩いてんだ」
「誰のこと言ってんだよ、人違いだろ!」
「ずべこべ言わずにとっとと来い!」
智の耳を強く引っ張りながら男はどこかへ智を連れて行った。

連れて来られたその場所は、テレビなどで観るような古い日本家屋のような所だった。引っ張られながら連れて来られる途中に見た景色は、明らかに自分の住んでいる街ではなかった。家の前で立たされ男が先に家に入っていく。
「おーい、帰ったぞ」
「あら、おかえり」
智は今のうちに逃げてしまおうかと考えていると、男に早く来いと引き止められた。中に入ると、智の知っている一般家庭とはとてもかけ離れている。すると、男を出迎えた一人の女が智を見てぐっと近寄ってきた。
「あら? 智?」
「……お母さん?」
女は智を引き寄せ強く抱きしめた。会いたかった生き別れた母が目の前に現れ、思い出す温かさが伝わると目から涙が溢れた。そして勢いよく母は抱いた体を話すと血相変えたように言った。
「あんた、なんでこんな所にいるの!」
母も涙が目に溜まり、それが頬をつたった。
「……知らないよ、友達探してたらこんなとこ来てたんだ」
男は頭を掻きながら、あっ、と大きな声をあげた。
「よく見りゃ隣のガキじゃねぇじゃねーか」
「なんだよ、よく見もしねぇで連れてきたのかい?」
と母がその男に怒鳴り男は先ほどの勢いをなくし、肩を竦めていた。
 智の頭は混乱していた。どうして亡くなった母がここにいるのだろうか。そしてここはどこなのだろうか、嬉しい気持ちとは裏腹に不安が襲いかかる。
「どうやって来たんだい?」
興奮する母は智の腕をぐっと掴んで聞いた。
「空き地の草をかき分けて来たらいつの間にか森にいたんだ」
事情を聞いて二人は顔を見合わせた。そして母は頷きながら何か納得したような顔をした。男は入り口へ向かい外の様子を確認した。すると、母は真剣な表情で智に言った。
「智、会えて本当に嬉しいよ。けど、まだこんなとこに来ちゃダメよ」
「どういうこと?」
智が首を傾げる。戻って来た男が母親へ呼びかけ外へでた。
「さ、早く行こ」
母は智の手を引き急いで来た道を戻る。
「呼び止め様が道を繋いでしまったんだよ。森に住むその神様は、人々を見守り危険から守ってくれる。けれど気まぐれを起こして、どこからともなく人を呼び寄せるんだ」
智は思い出す。確かに誰かに呼ばれた。けれど、それはよく思い返せば前を歩く男の声とは違っていた気がした。
「誰かがおーいって言ってたんだ」
「それは呼び止め様だ、最近機嫌が悪いって町でも噂になってたんだよ」
日が間も無く沈もうとした空が、赤く染まりいつもより恐ろしく見えた。そう遠くはなく着いた森が、ざわつきながら何かを呼び込んでるみたいだと智は少し怖くなった。
 連れて来られた場所には大きな気が二本、入口のように立っていた。特にその先には道などはなく、来たときのように草が生い茂っていた。
 母が智を強く抱きしめ、智も抱きしめ返した。
「…元気でね。パパにもよろしくね」
そういうと母親は振り返らせ、背中をとんっと軽く押した。
「急がなきゃ時間がない、来た道を戻るの。元の場所に戻るの」

来た時と姿を変えたその道は、智の小さな体を震えさせた。
「……お母さん」
振り返ると、そこには誰もいなかった。周りを見渡すと始めに見た田園風景が広がっていた。するとまた、どこからか声が聞こえてきた。
「おーい……おーい」
智は怖くなり、その声を背に草影に飛び込んだ。まだ聞こえるその声は背中に呼びかけるように続く。智の心臓は強く鼓動していた。自分の呼吸と草をかき分ける音、心臓の音が耳に響く。
「……おーい、あ! みんな〜智のやつ居たぞ〜」
「何やってたんだよ。何処にもいないからびっくりするじゃん、探したんだぞ」
気がつくと、そこには友達が待っていた。智の心臓は徐々にいつもの鼓動に戻っていった。
「智、もう帰ろうぜ。叱られちゃうよ」
一人がそういうと賛同したように皆声をそろえた。
「ごめん、帰ろうぜ」
辺りはすでに真っ暗になっていた。ぞろぞろと歩き出す中、智は振り返りその草陰を見た。
「何やってんだー、置いてくぞー」
うん、と返事をし、智は友達の背中を追いかけた。


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