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ベトナム人作家ヴー・チョン・フンについて(Vũ Trọng Phụng)

 これからヴー・チョン・フンという名のベトナム人作家の短編を18本ほどnoteに掲載していく次第、本稿では彼について少し紹介していこうと思う。

 ヴー・チョン・フンは20世紀初頭の有名なベトナム人作家兼ジャーナリストである。27歳という短い生涯の中で、彼は多くの短編小説と9本の文学作品のほかに様々な記事と演劇の脚本を残した。今では彼の残した作品の内、Số đỏ(赤い数字、または、幸運) とGiông tố(嵐)がベトナムの教科書に教材としてその抜粋が採用されているが、退廃的な作品として出版が禁止されていた時期も存在する。

 彼は非常に貧しい生まれであったが、当時植民地の子どもたちにも無償で教育を施すことを提唱したアルバート・サローの政策によりフランスの公教育を受けることができた最初の世代の一人であった。小学校を卒業後、彼は秘書や印刷会社でタイプライターの打ち方を覚え、二年後に解雇された後にはジャーナリストや作家など物書きとして生活をしていく。ただその生活は困窮を極め、1939年10月13日に結核で彼は亡くなる。老いた母、若い妻、そして一歳にも満たない子どもを残してのことであった。

 彼の主要な作品テーマは「くだらない形で西洋化していく生活様式」「労働に耐え続ける人々の苦痛」「統治階級の残虐さとインチキ」である。フランス流の教育・文化とベトナムにおける伝統的な生活という二つの文化を基礎としながら彼が書きだす社会や人間の悪性と悲しみは、当時の教養あるベトナムの若者が覚えていたであろう、生きていく中での不満を存分に見せてくれる。

 彼の見ていた社会を取り巻いていた人間たちは、ろくでもない輩が多かったようだ。厚顔無恥の中流階級者たちや麻薬売り達は典型的な拝金主義者たちであったろう。アヘン中毒と聞けば、中国を思い浮かべるかもしれないが、彼が生きた時代のベトナムでもアヘンの消費量は年月を経るほどに肥大化していた。喫茶店に入れば西洋人を誘う女ばかりであった。その様子は彼が『西洋人と結婚する技術』などという記事まで書いていることから窺える。中毒者、ポン引き、売娼婦、日雇い、若い給仕たち、あらゆるもの粗野な人間たちを通して彼は感性を磨いていったのだろう。彼らはそんな輩たちととても近い距離にいたのだ。だからこそかけた作品も多いように思われる。日本人の作家であれば、ちょうど山本周五郎を思い出すところであるが、ただその感性はあくまで若々しく、自らの声が作品の中で度々漏れる。
 
 2021年には、彼の長編小説である『幸運』が再映画化予定であり、現在でも彼の作品は大きな影響をベトナムの文化・芸術の世界に与えている。

 また彼の作品の著作権保護期間は死後の五十年を経過した後、家族の要請でさらに三十年延長されたが、2019年にはその保護期間も終了している。

 以下にこれから掲載していく作品の名前と概略を載せる。

・杖を突きゆく道 (Chống nạng lên đường)

 新聞に掲載された彼の処女作品。近代文明から身体的及び精神的に排除されていく青年の過程を短く描いている。

・盲目の老婆 (Bà lão lòa)

 盲目の老婆が家族からの意図的な無関心により死亡するまでの過程を描いた作品。ベトナム近代文学の主要なテーマである「新体制対旧体制」の構図を「子の親に対する奉仕義務と反抗」という形で見せてくれる。

・ある死について (Một cái chét)

 社会の不平等や差別に対して差別する側の階級として生まれた少年が触れた純粋な心傷を描いた作品。

・不正直 (Con người điêu trá)

 愛していた女性の名前や素性のすべて偽りであったことを知った作家T.L氏の回想。

・金歯 (Bộ răng vàng)

 相続争いを主題として、人の死人に対する深層的な恐れとその滑稽さを描いた作品。

・CGCCCGF (Hồ sê líu hồ líu sê sàng)

 当時古き良き家族の諸相は厳格な男性とそれに順応な女性によって成り立つと考えられていたが、この作品でヴー・チョン・フンは新時代の女性の振る舞いを奔放に描いた。

・権利の所有 (Người có quyền)

 無職の男が子を授かった後、自らにはその子に関わる社会的な権利がないことに気づくまでを書いた作品。

・男の嫉妬 (Cái ghen đàn ông)

 人は愛する人に正直であるべきかどうかという議論が主題となる作品。ここでは女が正直であると、男は自分のことを棚に上げておいて、勝手に嫉妬をかきたて始めるのでやめた方が良いと説く。

・自愛心 (Lòng tự ái)

 初恋の女性のいとこを妻として迎えた男の話。その初恋の相手が苦しむ中でみせる言葉に翻弄される夫の姿を、各人の自愛心が発露しているだけに過ぎないと妻が鋭く説く。

・猿狩りへ (Đi săn khỉ)

 狩猟にあこがれる男が友達の誘いで猿狩りに行く話。今でもそうかもしれないが、ベトナム人が持つクメール人に対する差別感情や自民族に対する典型的な悲観感情が若干描かれる。

・情熱 (Máu mê)

 会社から金を横領し続けた男とその友人の関係を扱い、友情の意義を唱えた作品。

・自由 (Tự do)

 ある雛鳥と人間たちの関わりを書いた作品。弱きものを救うだけの力がある人間の差別に対する無頓着が雛鳥を殺すまでを描いている。

・醜い妻を持つ (Lấy vợ xấu)

 不埒な美女か貞淑な醜女かという普遍の問題(逆もまた然り)に一種の答えを出す作品。

・誘惑する犬 (Một con chó hay chim chuột)

 人間に買われたある犬(おそらくパグ)の一生を書いた作品。言葉の通じぬ存在に勝手な解釈を加えて、時にありがたがり、時に差別する愚かな人間を書いた。

・一ドン (Một đồng bạc)

 たったの一ドンによって崩壊していく友情を描いた作品。貧しいものが人々に振りまく嫌悪感が弱者救済という語の偽善性を暴き、またそれに苦しむ人の罪悪感を書いている。

・反転する恐喝 (gương...tống tiền)

 人から金を恐喝するのにも北風と太陽のような寓話的理論が当てはまることを書いた作品。

・祝い (Ăn mừng)

 祝いの席の一幕を書いた作品。ある者は怒り、ある者はからかい、ある者は媚び、ある者は高らかに正義を唱えて嘔吐する。

・海亀猟 (Bắt vích)

 海亀の猟をする二人の男の話。

※翻訳するに当たって礼儀ということで、遺族の方たちに連絡をしようとも考えたのではあるが、中々連絡先を見つけられないことと、どうも自分が本物のヴ―・チョン・フンの子息であるといった人間が登場しているなど(個人的な見解として、偶然かもしれないが彼が子どもの出生に関する短編も書いていたりするので、そういうこともあるかもしれないとは思ってもいる)、煩雑な様相を見せているため、この点に関しては保留することにした。ご容赦願いたい。進展があれば追記する次第である。

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