ベトナム近代文学を翻訳していくに当たって
・本note開設の目的
1993年に公開された映画『青いパパイヤの香り』を御存じだろうか。私はこの映画を拝見した時、ベトナム文学の持つエートスがこの作品の美しさを支えているのではないかと考えた。この日常の悲しみと共に静かに流れる機敏な感性と愛情をベトナムの近代文学を翻訳していく過程の中で発見することが、本note開設における目的となる。
文化には表立って現れる面と深層を持つ面とが存在する。旅行代理店などがある国に関する旅行の売り込みを行う時、その宣伝は建物、食べ物、ファッションなどの表層文化のみに頼らざるを得ないのは十分に理解できるところであるが、日本における教育の過程や日々のささいな文化受容体験の中では他国の深層文化に触れることは欠如しているかのように思われる。多文化共生、異文化理解などの言葉を多く耳にするようになったが、これらの言葉は決して相手のエキゾチックな面を多く知り、体験し、自分と相手の違う面を認識することではないだろう。むしろ、多文化共生・異文化理解とは自分と相手が同じことに悲しみ、そして同じことに喜びを覚えることを知ることであるように思う。
あらゆる国や文化において文学作品を支える主題は必ず同じ様相を備えている。それは生きる悲しみであり、悲しみを受容しながら生きる中で喜びを見出すことである。現代までに我々の書棚の中に生き延びてきた文学作品の多くはそれらを備えているはずだ。この文章をお読み頂いているあなたが愛してやまない作品もきっとその普遍的な主題を備えているのではないだろうか。自国の特殊な面を大々的に掲げて、それに称賛をし、また無為に卑下するような作品はただ歴史の中に埋没し孤立していくだろう。
相手を理解するには、自分と相手が深層文化の点において地続きになっていることをまず知らねばならないのではないか。表層文化同士の比較はただ、自分と相手の違いばかりに気を取られて、互いが同じ存在であるという理解から遠く離れていくような感覚がある。
これからベトナム近代文学をこのnoteに掲載していく次第であるが、各作品に対してベトナム独自のエキゾチックな話が展開されていくことを期待されている人がいれば、残念ながらその期待には沿えない。私が目的としていることは、確かにベトナム文学に流れるエートスの理解であるが、そのエートスは必ず私たちの感性にも通ずるものがあるはずなのだ。彼らベトナム人作家が生きた時代、ベトナムという土地に生まれ作品を残した人物たちもまた我々と変わらない人間であったということを理解し、深層文化の地下水脈を通して「人間理解」を図っていければと考えている。
多くの人々にとって深層文化を理解することは非常に雲をつかむような作業になる。その中で相手の言葉で書かれた文学作品を読むことは、その国で生活することと同じくらいその作業に歩みをもたらすであろう。自らの心情の吐露を抜きにして文学作品が生まれることはなく、例え吐き出された文章に装飾が施されていても、そこには必ず人間が生きているのだから。
・作品に関して
ここで少しばかりベトナム近代文学に関しての簡単な説明をしたい。ベトナム近代文学とは主に1910年代から1940年代初頭までに書かれた作品群を指す。フランスの植民地下にあったベトナムにおいては、その時代の作家たちを原動力は主に旧時代制度に対する反抗、社会に蔓延する格差、役人や地主の不正怠慢、そして無下に扱われる人々の悲しみであった。この辺りの時代が文学の発展における黄金時代であった言われる。またベトナム文学の基礎を成した時代であったと言って良いだろう。折角ベトナム文学に興味を持って頂けたのであれば、やはりこの時代の作品を知っておくに越したことはない。
著作権に関する問題が既に近代文学であれば多くの作品で手放されるようになったため、これらの翻訳を開始したという点もある。また、ベトナム近代文学においては短編小説が非常に多く、noteに掲載しやすいのではないかと考えたところも大きい。『Ngày mới』『Số Đỏ』『Giông tố』『Con Đường Sáng』等の長編小説の翻訳も手がけてみたく思っているが、それらはnoteには向かないだろうし、どこか出版社の助けが無くては実現しそうにない。
作品には逐次値段を付けていく訳であるが、この点に関しては機械的にWordで作成した際の一ページにつき40円としている。純粋に値段が高いほど内容が長いことになる。作品の良し悪しで値段を決めているわけではないのであしからず。
また作品を翻訳するに当たり、数ある疑問をベトナム語教師であるフック女史に手助けを頂いている。ここで改めて感謝を申し上げたい。また作品を読んで頂いた方の中で、翻訳及びに文章に誤りに気付く方が現れると思う。その場合には忌憚ないご意見を頂ければ幸いである。
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