京大数理解析研究所(RIMS)の院試に飛び級合格した話
後進に何か情報や教訓を残せたらと思い、思い出話を認めます。
受験時点でのプロフィール
院進を決めたきっかけ
元々理論物理を修めたくて京大理学部に進学しました。高校まで大学物理と大学数学に触れたことはありません。当初は学部4年間で超弦理論まで修了する予定でしたが、いざ入学してみると夢のまた夢だったことが分かり、とりあえず修士までは進むことを決意。
大学1年の冬に理学研究科のHPにある院試の募集要項を訪れると、「数学・数理解析専攻」と「化学専攻」に3年生からの飛び級制度があることを発見!「数学・数理解析専攻」の中にはさらに「数学系」(理学研究科数学教室)と「数理解析系」(数理解析研究所, RIMS)があり、各々の研究者一覧を見るとRIMSには意外と物理の先生もいることがわかったため、RIMSへの飛び級挑戦を決意しました。
この時点では親や友人には一切野望を明かしていません。
1年生の頃
すでに書いた通り冬に挑戦を決めたわけですが、入学以来何をしていたかというと狂人のように勉強していました。私の入学年度は丁度COVID-19が流行り始めた時期で、授業やサークル活動が全て停止かオンラインになっていたので、半ば強制的に理学に集中できました。
前期は遅れて5月からオンラインで始まり、微積や線形代数、電磁気学、解析力学を勉強していました。教養科目では日本史や国際政治論を履修していたと思います。微積の演習と物理の実験は鬼のように大変で苦労しました。個人的に言語が好きなので英語と2外は楽しかった!
この学部の良点は意欲があれば上級生の講義も無制限に履修できるところで、本来2年生の解析力学と線形代数続論に1年ながら挑戦しました。
夏休み前半は高校同期(こいつも別の学部で飛び級した!!)と教習所に通いつつ毎日8時間ぐらい勉強していました。悪名高き解析入門のI、II巻を通読し、多様体やら群論やらHamilton形式やら量子力学やらと楽しく戯れていました。学部LINEで自主ゼミ募集もあったのですが、当時は謎に他人と勉強するのが嫌で学問仲間ができませんでした。
夏休み後半になって同じクラスの何人かと友達になって滅茶苦茶遊びました。鴨川で花火したり、徹夜でカードゲームしたり、夜にランニングしたり、四条に買い物に行ったりと、新鮮な体験に胸が躍りました。
後期に入ると頭の狂い具合が加速し、2年生向けだけでなく3年生の授業を時間割いっぱいに詰め込みました。毎日8時に起きて1~5時間目までオンライン授業を受け、夜は3時まで課題に追われる生活が半期続いたのです。最大の謎は学期の途中で塾講のバイトを始めたことで、毎日が修行僧のような生活でした。
ただ当時はこれでも楽しかったのです。複素解析や微分方程式、ベクトル解析、特殊相対論、3年生の電磁気や量子力学、物理数学を一気に学ぶのは、自分だけになせる所業のようで高揚感を覚えていました(今思うと子供…)。
この時期に今の指導教官に学部での勉強法について質問メールを出しました。これが教員とのファーストコンタクトです。
2年生の頃
COVID-19が徐々に日常の一部になり、課外活動が再開されたため部活に入部しました。自主練習が中心の割と緩い部活だったので学問と両立しやすかったです。
前期はLebesgue積分や微分方程式論、多様体といった数学系科目を多く履修していました。というのは、学期開始前に数学系の教員に相談したところ、それなりに数学系科目も取るべきという話をされたからです。
まあ数学の院なので当然の話ですし、素粒子物理は純粋数学との繋がりが深いですから特に苦にはなりませんでした。
この頃から勉強仲間がいることは大事だと考えを変え始め、学部LINEで募集のあった量子力学の自主ゼミに参加しました。そのメンツはヤバい野郎ばかりで、今では原子核分野や情報系のプロになっている奴らも含まれています。
夏休みは部活と学問に明け暮れ、量子力学ゼミのメンバーで民泊を借りて1週間"場の量子論合宿"をしました。読んだ本は坂本眞人先生の『場の量子論I 不変性と自由場を中心にして』です。毎日健康的な生活を送り、永久にゼミを続けるというとても楽しい体験でした。
こんなに早く場の量子論に触れようと思ったのは、やはり院試の面接の要求水準に一刻も早く達したかったからです。どんどん先に進むことは基礎がおろそかになる危険性があるため、必ずしも良いとは言えませんが、自分にとっては先の内容を見知っておくだけで十分という気持ちでした。
後期もFourier解析、関数解析、ホモロジーなどの純粋数学を中心に履修を組みました。物理は夏休みから継続の場の量子論ゼミや、新規のLie群論ゼミ(使用教科書は佐藤光先生の『群と物理』)で勉強を進めていたと思います。
この時期に院試の過去問を解き始めようと思っていたのですが、部活が想像以上に楽しく毎日練習に行っていたので進みませんでした。11月頃に指導教官に2回目のメールを出して研究室訪問に行き、飛び級挑戦の意思を伝えました。
春休みもそれなりに部活打ち込み、Hartshorneに気を取られて院試勉強どころではありませんでした。場の量子論は坂本先生の2巻目を読み進めて基礎を固めていました。
3年生の頃
前期は物理の大学院の講義に潜ったり、位相幾何学や偏微分方程式を履修しました。また量子力学ゼミからのメンバーの一部で、柏太郎先生の『演習 場の量子論』を使って問題演習に取り組みました。ここで手を動かしてみて初めてFadev-Popov行列式やBRST量子化を理解できたと思います。
数学系の友人たちとは作用素環論の勉強を始めました。使用したのはConwayの『A Course in Operator Theory』です。個人的にvon Neumann代数の理論で重要なdouble commutant theorem(二重可換子定理)が印象に残っています。
5月に院試の出願が始まりましたが、飛び級するにはまず学部の成績表と教員の推薦状を提出して、出願審査を受けなければなりませんでした。成績はあまり不安が無かったのですが、教員探しのほうは一悶着あったので、是非面倒見のいい教員と仲良くなっておくことを勧めます。
そして本格的に院試対策を始めたのは期末試験期間前の6~7月からです。毎日夜になると学部の建物の一室で勉強していました。過去問だけでなく、1次審査のために過去に学んだ内容と興味のある話題1つについてのレポートも書きました。レポート提出直後に院試前の挨拶で2回目の研究室訪問に行きました。7月最後に1次合格通知が来ました。
私が受験した年はCOVID-19の影響で、RIMSの2次試験がZoom面接のみとなりました。形式は事前に配布された問題から教員がその場で選んだ問題を解説するというものです。準備時間がある分難易度が高く解くのに苦労しました。(あの計算量は対面試験だったら解き終わってなかったかも…)
さらに院試は8月23日だったのですが、7月下旬に期末試験が、8月上旬に1年半前から勉強していた国家資格の試験があったため1か月間地獄でした。部活の新入生の指導や大会もあったのでマジで大変でした。
試験内容について
数学教室の定員は42名、RIMSの定員は10名です(募集要項)。 両者は併願可能ですが、志望順位を決めて出願することになっているため、数学の専攻を志望する人の出願形態としては
の4タイプがあることになります。尚、コロン以降は受験番号です。500番台と1500番台の人が両方の合格水準を満たした場合、合格発表時には第一志望のみが掲示され、第二志望は不合格扱いになります。
先述の通り、飛び級の場合はまず院試に出願していいかの審査があります。提出物は学部の成績表と教員の推薦状です。これはどの専攻でも変わりません。合格すれば一般受験生と同じ1次試験に進みます。
1次試験は数学教室とRIMSで同形式であり、
今まで学んできたこと
面白いと感じたトピックに関するまとめ
についてのレポートを作成します。
私は素粒子の標準理論(Standard model)と微分幾何のベクトル束(vector bundle)や主G束(principal bundle)の関係についてまとめました。参考文献はnLabやMark J.D. Hamiltonの"Mathematical Gauge Theory"です。
2次試験は本来であれば数学教室・RIMSともに
の対面試験があります(過去問はココ)。共通問題ですが、選べる大問が数学教室とRIMSで違うことが多いので注意してください。また専門科目の難易度は非常に高いです。代数、幾何、解析、アルゴリズム、グラフ理論、物理などから出題されており、自分が専門にしたい分野から選びます。
私の指導教官曰くGalois理論は定型的な問題が多く比較的解きやすいようです。また個人的には解析の偏微分方程式や関数解析は取り組みやすく、幾何は難易度のブレが大きい気がします。ホモロジー群を求める問題はMayer-Vietorisを脳死で使うだけではまず太刀打ちできません。
先述の通り、私が受験した年はRIMSだけオンライン試験で数学教室は通常通りの対面試験でした。
さらに例年は基礎科目と専門科目の合格者に対して面接が実施されます。専門科目で解ききれなかった大問を解説するよう求められることが多いようです。私の年のRIMSは対面試験が無く事前配布問題だったので、解いてきた問題から先生がその場で選んだものを解説しました。
歴代の理学部の先輩方が以下のように過去問の解答を公開して下さっていますので参照してみてください。
[1] 京大数学教室 院試 (解析系) 解答例
[2] 京都大学数学系の院試の問題と解答です(主に代数系)
最新の情報は理学研究科HPにある修士課程募集要項を見てください。
試験当日
当日8月23日は14時からZoom面接が始まりました。時間は1時間程度で、基礎科目は
線形代数
留数定理
を聞かれました。どちらも物理に必須ですから選ばれたのも当然だと思います。
専門科目は量子力学の問題を2つ聞かれました。そのうち一つはBaker-Campbel-Hausdorffの公式を使ってゴリゴリ計算するタイプで非常に解きごたえがありました。
合格発表
9月2日の正午が合格発表でした。不合格のダメージが少なくて済むよう、前日の夜から落ちた想定の気分でいました。当日も正午ぴったりに発表を見ることができず、気分を落ち着かせるため1時間ほど買い物に出かけたと思います。
13時ごろにようやく決心がついて発表を見ると自分の受験番号がありました。マジで嬉しい!!!!1年半越しの願いが叶ったときの嬉しさは言葉に表しようがありませんでした。
その夜に物理系の友人がお祝いをしてくれました。30分並んで食べたゆめかたガチうまかった。来年から正式名称「京都大学理学研究科数学・数理解析専攻数理解析系」というsesquipedalianなところに所属することになります。
1次試験通過者は31名で2次合格者は私を含め13名でしたので、倍率は約2.4倍ということになります。RIMSの本来の定員は10名ですが、毎年東大と併願しW合格した2, 3名が入学を辞退するため、多めに合格を出すそうです。
1次通過者の内訳は
2次合格者の内訳は
でした。最終的に500番台の人が1人も残っていませんが、1次通過者4名のうち3名もの方が数学教室に合格されていました。3名の中にはおそらく、RIMS・数学教室両方の合格水準に達して数学教室のみ合格掲示された猛者が含まれていると思います。500番台は数学教室が第一ですから、RIMSでは1次時点でそれほどの実力者しか残されなかったのでしょう。
1500番台については、残念ながらRIMSに不合格だった6名のうち1名の方しか数学教室に合格されていません。数学教室も第一志望でいない学生には手厳しいようです。
以上を総合して考えると、RIMSと数学教室を併願しても実際には志望順位が高い方に進路が絞られると考えられます。
最終合格者の分野別では数論幾何と作用素環論、最適化が複数名いて、残りは偏微分方程式や位相幾何学などでした。望月先生と玉川先生がいる分やはり数論幾何は強いなという印象です。ただ私の指導教官によれば、分野ごとの人数に定めはなく受験者全体の中から成績順で取っているとのことでした。
まあ正直これらの数字を気にするより、日頃の積み重ねを怠らないことの方が重要に思います。併願の際の志望順位だけ気を付ければよいでしょう。
伝えたいこと
まず、私の年はオンライン試験でしたが、例年はそんなに甘くないのでここに書いた以上に学問に向き合わなければならないと思います。学問仲間も作ってください。互いに刺激し合えるのは最高の環境です。
しかし、是非サークルなどの課外活動にも積極的になってください。友達とアホなことで盛り上がるのはとても大事なことです。どの分野でも、大成している人は自身の専門を極めているだけでなく、他にも深みがあることが多いように思います。
学問なんて所詮は数ある遊びの1つに過ぎない、そういうラフな心持ちでいるのも意外と重要だと思います。真剣に向き合うときと一歩引くときの切り替えが難しいですね。
Twitterアカウントは持っていないので質問等あればコメントにお願いします。