見出し画像

人に幸せを届けられるプロカメラマンに

初めまして。そしていつもフォローしてくださっている皆さん。おぎはら りゅうたと申します。

初めての投稿になりますが、これからは日々の生活の中で感じたことや学んだことを忘れないように備忘録として残していきたいと思っています。お時間ある方はぜひ見ていってください !

 さて、自分は2021年4月から『素潜り漁師マサル』チャンネルのカメラマンを勤めています。時間は早いもので、もう1年が過ぎます。この1年間、専門的にカメラの知識を独学で学びアウトプットする日々は非常に濃い毎日でした。

 向上心の塊であるマサルさんは今までの自分が出会ったことのない人で、現在も多くのことを学ばせて頂いてます。今回はなぜカメラマンとしての道に進んだのかを自己紹介も交えてお伝えできたらと思います。

 カメラ(映像)の世界を知ったきっかけは高校2年生です。当時の自分がカメラマンをイメージすると修学旅行で撮ってくれる人を思い浮かべる程度で、さほど魅力的には感じていませんでした。昔から多趣味だった自分はスキー、スノーボード、映画鑑賞、ゲーム、釣り、音楽、ギター、熱帯魚の飼育、水泳、野球など多岐にわたって幅広く、1つのものだけこだわることが苦手でした。だからこそ1つの分野を極めている人を見ると羨ましく、同時に強い劣等感も感じていました。

その年の冬に親友たちとスノーボードに行き、非日常的な青い空の下で白銀の世界。この楽しい時間を思い出に残せたら良いのになと思い出づくりを兼ねてGoProを買ったのがこのカメラマンという道に進んだきっかけです。最初は撮った動画を重ねるだけの映像も、youtubeやインターネットで学ぶことで少しずつですが上達していました。何より嬉しかったのはその映像を見た親友たちが喜んでくれたことで、人のためにできる良い趣味だと気づきました。

それからは、海洋系の大学に進学し様々な経験や友人と行く旅行を映像として作品に残していました。卒業研究では沖縄県の西表島でドローンを使ったアオウミガメの研究をしたりと充実した大学生活を送っていました。1つを除いて。その1つとはそう、就職活動です。おそらく多くの方は大学3年生に企業のインターシップに参加して就職活動までに自己分析などの準備をすると思うのですが、自分は将来就きたい職業が特にはっきりとしておらず、かといって焦りもそれほど感じていない状態。今思うと非常にやばい就活生でした。ただ両親との約束は「4年間で大学を卒業すること」と「就職すること」だったため、約束は守らなければいけません。ただし働くなら絶対に自分のスキルがつく仕事がしたかった自分は一番きついと言われていた不動産投資の営業を選びました。

 毎朝6時半に起きて会社に向かい、22時に電車に乗って家に帰る生活。東京の色々な駅で全く知らないサラリーマンの人に声をかけて不動産投資の話を持ちかける業務内容。1日何百人の他人と話す仕事はメンタル面もコミュニケーション力も鍛えられました。どういう会話をしたら興味を持つのか毎日ロープレして、、、。何が言いたいかというと、社会人としてタメになる1年だったと同時に心の奥底に眠っていた映像クリエイター(カメラマン)の道がどんどん遠い存在になっていると感じていました。そんなときに舞い込んできた話が先輩の結婚式のオープニングムービー依頼です。僕の人生が大きく動き出した出来事です。

 高校時代に同じ部活でお世話になっていた大事な先輩だったので二つ返事で話が進みました。撮影場所はディズニーランドだったのですが初めて撮影を終え、家に帰ったときにあまりの興奮から夜中の3時まで編集して、次の日会社に遅刻しそうになったことを今でも覚えています。とんでもないやりがいと、あんなにワクワクしながら過ごした日は忘れられません。カメラマンとしての生き方が自分の中で諦められないものに変わっていました。それからしばらくしてあることが起こります。

 年が明けた2月のある日です。ふとTwitterでマサルさんがカメラマンの募集をしていたのです。「こ、これだっ!!」と自分の思いの丈を綴った長文を送った数分後に連絡が返ってきて。その日は合否がまだ出せないとのことで明日また連絡しますと。その日の夜は胸が高鳴って寝られませんでしたよ。

 そして次の日。忘れもしません、あの日は浜松町の中華料理屋さんで昼ごはんを食べていた時でした。同期と3人で食べている中、ぜひよろしくお願いしますとマサルさんから連絡が来たのです。そこからの行動は早く、その日に上司に退職の意向を伝えて(案の定、そんな話なら明日から会社に来なくていいと言われ)はるばるこのカメラマンの道にやってきました。

 その当時はマサルチャンネルの登録者は37万人くらいで、「そんなのについていってどうすんだ」と上司からこっぴどく怒られたなあ。笑

 思い返してみると自分の選んできた選択はいつもめちゃくちゃで、ただいつも後悔だけはせずにやって来れたと思っています。それは応援して支えてくれた家族や友人など周りの人の支えがあったからです。島に移住してからも本当にたくさんの人たちの助けをいただきました。こんな極端な選択をした以上、結果を残さなければいけません。選んでいただいたマサルさんへの恩も返さなければいけないと思っています。カメラマンとして独り立ちした姿を見せてこその恩返しだと思うのでやってみせようと思います。

 ここからの1年、去年以上にギアを上げていこうと思います!

どうか、暖かい目で見守っていただけたらと思います。ワクワクするような映像、写真、色々なものを共有していきます。お楽しみに!!


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?